2014年8月 のアーカイブ

広島土砂災害

2014年8月27日 水曜日

8月27日(水)
20140829広島 日を追うごとに増えていく広島土砂災害の犠牲者の数。このところ各地で大規模な災害が起きている。
先週、最初に広島の災害ニュースを知ったとき、安佐南区、安佐北区という地名に、たしか広島合唱団の熊谷勇二さんがこの住所と気になった。上京していた田中嘉治会長に言い、会長がすぐ、高田龍治さんに連絡をとると、熊谷さんの家は無事だが、あるサークルの人たちが被災地域、今は車も入れない、ということだった。その後、やはりそのサークルの半数が被災されたと聞く。
24日の日曜日、広島の山岡靖子さんから、被害の様子と支援のお願いをうたごえ新聞に掲載してほしい旨の連絡が入る。もちろん、すぐに載せます、と応え、9/8号に入稿した。
1600人が避難生活と言う。避難生活も一週間となると…。
昨日、原発事故のため避難していた福島の渡辺はま子さんが2011年7月に焼身自殺したのは、避難生活の中でのうつ病を発症したためで、原発事故が原因として東電を訴えた裁判に、福島地裁は「原発との因果関係」を認める判決を下した。
当然だ。今も福島14万人が故郷を追われている。
なのに、まだ廃炉へと舵を切らない政府。
そして、この自然災害も「自然」だけではない。生活を根底から崩す“事態”への事前対処、事後の対応こそ、政治力だ。

南部合唱団創立55周年レセプション

2014年8月23日 土曜日

南部合唱団創立55周年レセプション
被災地訪問の団活動報告

8月23日(土)
20140827南部合唱団大井さん20140827南部合唱団東京・南部工業地帯、南部労働者の闘いとともに55年、南部合唱団創立55周年レセプションに参加した。
団長の大井かつ江さんとは、まあ、なんでも言ってしまう友だち。その大井さん、開幕太鼓「花がたみ」を叩く姿も元気印。団郷土部・南舞の力をつけたいとここ数年、自らも南舞に入って踊部郷土芸能にとりくむ。
大井さんは5代目の団長だが、この日、80歳を越える初代石倉団長から歴代の団長が出席。これもすごいこと。加えて、エリアの大田・目黒・品川の各区労働組合からも参加。新年の旗開き、メーデー・春闘期にメーデー歌集、演奏普及でくまなく入る団活動がここにも表れている。
20140827被災地のTV この日、注目したのはもう一つ、団活動報告として6月に行った団被災地福島視察報告(南相馬)だった。支援物資を届けに仮設住宅訪問とうたう会、新地役場では北から南下する平和行進を太鼓演奏で迎え、歌って行進に参加、引き継ぎ式では「日本国憲法第九条」他を演奏。これらがスライドと解説で報告された。 お祝いの、団ピアニストの中瀬千央さん、ヴォイストレーナーの鶴岡恵さんの演奏、詩人の片岡輝さんからは詩「ドアのむこうで」を朗読して贈られるなど、多くの人に期待され、支えられている南部合唱団をあらためて観て、私もうれしい日だった。

コミュニティユニオン東京のボクたちの宣言

2014年8月23日 土曜日

ここでも歌の新たな出会い
コミュニティユニオン東京の「ボクたちの宣言」

20140827被災地で 南部合唱団創立55周年記念「レセプションの後、会ってもらいたい人がいる」と紹介されたのは、一人でも入れる労働組合・コミュニティユニオン東京の事務局・伊藤栄江さんと海崎治代さん。最初に、組合用語で「CUの…」と言われ、CU? CCUは日航争議の取材でよく聞いたキャピンクルーユニオン、客室乗務員組合…。などと思っていると私より早口のお一人が次々と説明。
この組合員加入のため、歌「ボクたちの宣言」がつくられ、この歌を広めて組合員を募りたいとの趣旨。私に、というより南部合唱団への要請だったが、こういう活動もうたごえ新聞で紹介したい、と大井さん。
二次会で、歌ってアピールするCUの合唱団をつくったら、南部の合唱発表会にも出て!と話が進んだ。さて、今後が楽しみ。

後藤東陽さんのお話

2014年8月22日 金曜日

80年も前、少年の心に焼き付いたできごと
後藤東陽さんのお話

8月22日(金)9/1号発送。
20140827後藤さんまだ、8月だがうた新の日付けは9/1号。夜、虫の音が聞こえてきた。季節は移っている。
この号1面登場の後藤東陽さん。89歳。腰を痛めて、と言われたがお元気。写真家の後藤さんにカメラを向けるのも少し、緊張するが、「写真、撮るの?」と鏡の前に行き、白髪をブラッシング。おしゃれだ。
戦争中の、尊敬していた「信二さん」の話になると途中、絶句された。労働者の権利を主張したことが「不忠義者」とされ、捕らえられ、校歌の作詞者としてそれまで尊敬していた村人も彼を村八分にした。少年の心に深く焼き付いた不条理。80近く経っても悔し涙で語る後藤さんの話が強く心に響いた。

「アルゲリッチ 私こそ、音楽!」

2014年8月22日 金曜日

映画「パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト」と
「 アルゲリッチ 私こそ、音楽!」

世紀のピアニスト、マルタ・アルゲリッチの映画、とあって、「アルゲリッチ・私こそ、音楽!」試写会を観に行く。その前、これは試写会ではなく観に行った「パガニーニ 愛と狂気のヴァイオリニスト」は音楽に、ドラマに魅せられた。 19世紀のブァイオリニスト、ギタリスト、作曲家、ヴァイオリンの超絶技巧奏者として名高いニコロ・パガニーニ。そのパガニーニを演ずるデイヴィッド・ギャレットのテクニックのすごさ。ここまで演ずるのはすごいな、と思いきや、本人は7歳からヴァイオリンを習い、すでに名だたるオーケストラと共演という。おまけに、ベッカムばりの二枚目。なになに、天は彼にいくつの物を与えたのか。彼のヴァイオリンと恋人シャーロット(アンドレア・デック)の美しい歌声に吸い込まれる。音楽は雄弁、時を超える。何度でも聴きたい、とCDも買った。
この映画はぜひ多くの人に観てほしい。何人に「映画館へ!」と言ったことか。

今度はそのピアニスト版だ! アルゲリッチもたぐいまれな技量と美貌の人。早くからその才能を認められた。いざ、とスクリーンに向かう。
だが、だが、めくるめくアルゲリッチのピアノ演奏はほんのほんの少し。母アルゲリッチを娘が語るドキュメントタッチの展開は、退屈。
アルゲリッチは父親の違う3人の娘を持つ。その3人はみな音楽家、なんと2人の目の娘の父親はシャルル・ディトワ! ええっ! と知ったが。映画にはドキュメントでも、ドラマがほしい。

“カザルス”の顔

2014年8月13日 水曜日
出てくる出てくる“カザルス”の顔
ヴァイオリニスト松野迅さん
ジャーナリスト伊藤千尋さん
9月17日トーク&コンサート
“響きあうカザルスの心”打ち合わせ
8月13日(水)
夏期休暇中。けれどきょうは、うたごえ新聞社も後援(主催音楽センター)の9月17日、松野迅さんと伊藤千尋さんのトーク&コンサート“響きあうカザルスの心”(自由学園明日館)に向けて2回目の打ち合わせで出勤。
2時きっかり、音楽センターホールに、出演の松野迅さん、伊藤さん、ピアニストの榎田匡志さん、演出の小林光さん、松野迅後援会の吉田邦興さん、主催の音楽センター土屋美和さん、そして私が揃いスタート。
この公演に向けてうたごえ新聞で松野さんに取材したが、松野迅さんが“音楽の師”と敬愛するパウ・カザルスのオリジナルスコア-亡命から90歳で亡くなるまで人生の三分の一を当てて作曲した-「ソナタニ長調~ピアノとヴァイオリンのための~」をカザルス財団から得て、本邦初演、音楽センターからCD出版そして今回の“丸ごとカザルスを”というなみなみならぬ意欲・情熱にそそられる。
5月に津田ホールで「ソナタ…」を聴いた。ところどころに「鳥の歌」のモチーフも流れ、演奏時間44分、心地よい緊張感だった。
一回目から二回目の生、さらにカザルスにも詳しいうたごえ新聞連載執筆、ジャーナリスト伊藤千尋さんが加わる今回、私自身も興味津々。
松野さんも伊藤さんも、ボタンを押せばすぐに、という感じでカザルスのエピソードが、出てくるわ出てくるわ。伊藤さんから「1992年バルセロナ・オリンピックを取材した時、閉会式での『鳥の歌』…」、「カザルスが亡命する時…ふたたびみんなで歌おうと語った『第九』…」と言えば、「『ソナタ…』にも『第九の第二楽章』のモチーフが出てきます」と松野さん。誰もが参加して輪になって歌い踊るサルダーナの話、カタルーニャの話…ますます楽しみになる。
この溢れる二人の話を時間内にどうもりこむか。ここからが大変なんだろうな実は、と思うと、「ま、そこはさらに詳しくはそれぞれの著書をCDをということで」と面々。これもさすが。
つづいて、スペインの国旗は赤と黄色。「この色とデザインは…」の伊藤さんの説明に、国の歴史・思いを込めたスペインの国旗をあらためて観る。
この赤と黄色をどう舞台にいかすか、それは舞台に飾る花でしょう。赤と黄色のバラ! そんな話の最後に二枚目の松野さんの三枚目。「当日の服装、三輪さん、どうされます? 赤と黄色だと中華料理店みたいになってしまいますしねぇ」。大爆笑(^o^)

出てくる出てくる“カザルス”の顔
ヴァイオリニスト松野迅さん、ジャーナリスト伊藤千尋さん
9月17日トーク&コンサート“響きあうカザルスの心”打ち合わせ

20140811-01MatsunoFlyer 夏期休暇中。けれど今日は、うたごえ新聞社も後援(主催音楽センター)の9月17日、松野迅さんと伊藤千尋さんのトーク&コンサート“響きあうカザルスの心”(自由学園明日館)に向けて2回目の打ち合わせで出勤。

2時きっかり、音楽センターホールに、出演の松野迅さん、伊藤さん、ピアニストの榎田匡志さん、演出の小林光さん、松野迅後援会の吉田邦興さん、主催の音楽センター土屋美和さん、そして私が揃いスタート。

この公演に向けてうたごえ新聞で松野さんに取材したが、松野迅さんが“音楽の師”と敬愛するパウ・カザルスのオリジナルスコア-亡命から90歳で亡くなるまで人生の三分の一を当てて作曲した-「ソナタニ長調~ピアノとヴァイオリンのための~」をカザルス財団から得て、本邦初演、音楽センターからCD出版そして今回の“丸ごとカザルスを”というなみなみならぬ意欲・情熱にそそられる。

5月に津田ホールで「ソナタ…」を聴いた。ところどころに「鳥の歌」のモチーフも流れ、演奏時間44分、心地よい緊張感だった。

一回目から二回目の生、さらにカザルスにも詳しいうたごえ新聞連載執筆、ジャーナリスト伊藤千尋さんが加わる今回、私自身も興味津々。

松野さんも伊藤さんも、ボタンを押せばすぐに、という感じでカザルスのエピソードが、出てくるわ出てくるわ。伊藤さんから「1992年バルセロナ・オリンピックを取材した時、閉会式での『鳥の歌』…」、「カザルスが亡命する時…ふたたびみんなで歌おうと語った『第九』…」と言えば、「『ソナタ…』にも『第九の第二楽章』のモチーフが出てきます」と松野さん。誰もが参加して輪になって歌い踊るサルダーナの話、カタルーニャの話…ますます楽しみになる。

この溢れる二人の話を時間内にどうもりこむか。ここからが大変なんだろうな実は、と思うと、「ま、そこはさらに詳しくはそれぞれの著書をCDをということで」と面々。これもさすが。

つづいて、スペインの国旗は赤と黄色。「この色とデザインは…」の伊藤さんの説明に、国の歴史・思いを込めたスペインの国旗をあらためて観る。

この赤と黄色をどう舞台にいかすか、それは舞台に飾る花でしょう。赤と黄色のバラ! そんな話の最後に二枚目の松野さんの三枚目。「当日の服装、三輪さん、どうされます? 赤と黄色だと中華料理店みたいになってしまいますしねぇ」。大爆笑(^o^)

長崎のメッセージ

2014年8月9日 土曜日
長崎のメッセージ
田上富久長崎市長の「平和宣言」と
被爆者・城臺美彌子さん
8月9日(土)
自宅でじっくり長崎平和祈念式典をテレビで観る。
長崎市長の「平和宣言」、被爆者代表城臺美彌子さんが、集団的自衛権行使容認閣議決定にはっきりと異議を唱え、再び被爆者をつくらない社会のためにと政府に訴えた。広島、長崎、そして福島を知れば、それは当然のことばと何度もテレビの前で頷く。
2010年の新年号で田上市長を取材した時の言葉を思い起こす。
長崎・五島生まれの田上さんは、大学を卒業して長崎市役所に勤めるまで、長崎県出身とはいえ、原爆・被爆につい深くは関心を持っていなかった。しかし、市役所の仕事を通して被爆者に話を聞く機会が多くなり、被爆の実相に迫る体験をする。
「被爆者の心身の傷、心の傷は時間が経っても癒えるものではなく、語ることで被爆者はもう一度、傷に触れることになる。それでもなお語る被爆者を前に、二度と核兵器の惨禍は許されない」と話された。
きっとその信念で起草委員会とともにつくられた宣言だと、取材した時の市長の顔、口調を思い出しながら聞いた。
当たり前の受け止め方、核兵器、核廃絶、世論の大きな声にしていくにはあと、なにが足りないのだろう。

長崎のメッセージ
田上富久長崎市長の「平和宣言」と被爆者・城臺美彌子さん

8月9日(土)

自宅でじっくり長崎平和祈念式典をテレビで観る。

長崎市長の「平和宣言」、被爆者代表城臺美彌子さんが、集団的自衛権行使容認閣議決定にはっきりと異議を唱え、再び被爆者をつくらない社会のためにと政府に訴えた。広島、長崎、そして福島を知れば、それは当然のことばと何度もテレビの前で頷く。

2010年の新年号で田上市長を取材した時の言葉を思い起こす。

長崎・五島生まれの田上さんは、大学を卒業して長崎市役所に勤めるまで、長崎県出身とはいえ、原爆・被爆につい深くは関心を持っていなかった。しかし、市役所の仕事を通して被爆者に話を聞く機会が多くなり、被爆の実相に迫る体験をする。

「被爆者の心身の傷、心の傷は時間が経っても癒えるものではなく、語ることで被爆者はもう一度、傷に触れることになる。それでもなお語る被爆者を前に、二度と核兵器の惨禍は許されない」と話された。

きっとその信念で起草委員会とともにつくられた宣言だと、取材した時の市長の顔、口調を思い出しながら聞いた。

当たり前の受け止め方、核兵器、核廃絶、世論の大きな声にしていくにはあと、なにが足りないのだろう。

世界大会閉会総会

2014年8月8日 金曜日
IMG_2099原水禁世界大会で
二階堂和美さん、岡大介さんと
7000人の参加舎の心つかんだ
二階堂和美さん  世界大会閉会総会
8月8日(金)
原水禁大会-広島第一報も入れて合併号発行。
今年の原水禁世界大会-広島では、この間、取材した歌手の二階堂和美さんに閉会総会で、演歌師岡大介さんには5日の“反核平和と文化”の分科会で会った。 二階堂さんの歌はCDでは聴いたが、生は初めて。CDではどちらかというと静かに心の奥に響いてくる歌い方という感じだったが、世界大会での演奏はスケール大きく力強く、7000人の閉会総会参加者を一身に集めきった演奏。過去のすべてが今の私…と歌う「いのちの記憶」。その歌詞が、負も正もすべてを抱えて今の自分がいる、と歌っているように聞こえ、ノーモアヒバクシャ・ノーモアウォーがしっかり重なって聞こえた。
「すばらしい場に出させていただきました」「核兵器は絶対反対です」とステージからもメッセージして歌った二階堂さん。
聴衆の心をつかんだことは、長いサインセールの列が伝える。
まだまだ続くサインの列に、帰郷時間も気になり、割って入って「よかったですよ」と声をかけると、「あっあの時は!」と握手。その笑顔に、さあっ!と広島をあとにした。

原水禁世界大会で二階堂和美さん、岡大介さんと
7000人の参加舎の心つかんだ二階堂和美さん  世界大会閉会総会

8月8日(金)
原水禁大会-広島第一報も入れて合併号発行。

IMG_2028IMG_2099今年の原水禁世界大会-広島では、この間、取材した歌手の二階堂和美さんに閉会総会で、演歌師岡大介さんには5日の“反核平和と文化”の分科会で会った。 二階堂さんの歌はCDでは聴いたが、生は初めて。CDではどちらかというと静かに心の奥に響いてくる歌い方という感じだったが、世界大会での演奏はスケール大きく力強く、7000人の閉会総会参加者を一身に集めきった演奏。過去のすべてが今の私…と歌う「いのちの記憶」。その歌詞が、負も正もすべてを抱えて今の自分がいる、と歌っているように聞こえ、ノーモアヒバクシャ・ノーモアウォーがしっかり重なって聞こえた。

「すばらしい場に出させていただきました」「核兵器は絶対反対です」とステージからもメッセージして歌った二階堂さん。

聴衆の心をつかんだことは、長いサインセールの列が伝える。

IMG_1919まだまだ続くサインの列に、帰郷時間も気になり、割って入って「よかったですよ」と声をかけると、「あっあの時は!」と握手。その笑顔に、さあっ!と広島をあとにした。

消しゴム印の岡さんのはがき

2014年8月8日 金曜日
「のんき節」はここでも喝采
消しゴム印の岡さんのはがき
岡大介さんはうたごえ新聞インタビューがきっかけでこの間も出演依頼が二つ。その一つが世界大会広島。4日の“青年のつどい”でステージと5日は“反核平和と文化”の分科会で「のんき節」他をうたった。
初めて演歌師岡さんを知った人も多かったと思うが、税金があがっても不満も言わない庶民は粥でもすすてろ、とカンカラ三線とよく通る声、風刺のきいた歌詞に分科会会場も大爆笑と拍手。
うたったあと、すぐに帰郷するという岡さんに声をかけると、「いゃあ、いらしてたんですか。このあと、うたごえ新聞社に電話しようと思っていたんですよ」。
うたごえ新聞でのインタビュー後、新聞を見ての出演オファーがあると必ず、「ありがとうございます。おかげさまで○○から出演のお話がありました」と岡さんから電話がくる。律儀だ。
岡さんに取材の申し込みをしたと時も、「昨日は、取材のお話をいただきありがとうございます。私の日程…」と「岡」朱肉印を押したはがきが届いた。
取材の時、そのはがきのことが話題になると、自分をかわいがってくれる小沢一郎さんのマネージャーからのアドバイスとのこと。芸人として生きていく上で大切なのは人との出会い。一人ひとりの出会いを大事に、出会った人には必ずお礼を言う。はがきを出しなさい、と。地方に出向く時も必ずはがきを持参し、出会った次の日、遅くとも翌々日には「岡」と印を押して投函するという。
「これ(『岡』の印)、消しゴムでつくりました」。
演歌師としてのスキルと誠実さと、気持ちいい青年岡大介さんとの再会もうれしかった広島。

「のんき節」はここでも喝采
消しゴム印の岡さんのはがき

IMG_1821

IMG_1889岡大介さんはうたごえ新聞インタビューがきっかけでこの間も出演依頼が二つ。その一つが世界大会広島。4日の“青年のつどい”でステージと5日は“反核平和と文化”の分科会で「のんき節」他をうたった。

初めて演歌師岡さんを知った人も多かったと思うが、税金があがっても不満も言わない庶民は粥でもすすてろ、とカンカラ三線とよく通る声、風刺のきいた歌詞に分科会会場も大爆笑と拍手。

うたったあと、すぐに帰郷するという岡さんに声をかけると、「いゃあ、いらしてたんですか。このあと、うたごえ新聞社に電話しようと思っていたんですよ」。

うたごえ新聞でのインタビュー後、新聞を見ての出演オファーがあると必ず、「ありがとうございます。おかげさまで○○から出演のお話がありました」と岡さんから電話がくる。律儀だ。

岡さんに取材の申し込みをした時も、「昨日は、取材のお話をいただきありがとうございます。私の日程…」と「岡」朱肉印を押したはがきが届いた。

取材の時、そのはがきのことが話題になると、自分をかわいがってくれる小沢昭一さんのマネージャーからのアドバイスとのこと。芸人として生きていく上で大切なのは人との出会い。一人ひとりの出会いを大事に、出会った人には必ずお礼を言う。はがきを出しなさい、と。地方に出向く時も必ずはがきを持参し、出会った次の日、遅くとも翌々日には「岡」と印を押して投函するという。

「これ(『岡』の印)、消しゴムでつくりました」。

演歌師としてのスキルと誠実さと、気持ちいい青年岡大介さんとの再会もうれしかった広島。

宮﨑センター合唱団の伊豆さんと

2014年8月8日 金曜日

IMG_1883
IMG_1868“反核平和と文化”の分科会では、えっ!とうれしい“うたごえの人”の出会いもあった。宮崎センター合唱団の伊豆康久さん。この春まで中学校の教師(次なる目的で早期退職)。昨年は放送部顧問として、昼休みにはコメントをつけて歌を流してきた。その曲は…、なんとうたごえ名曲がズラリ。その興味深い実践はうたごえ新聞で紹介しよう。しかし、しかし、偶然隣の席になってよかった!