2012年3月 のアーカイブ

エッ! なんで! 4/2号のミス ごめんなさい

2012年3月23日 金曜日

3月23日。4/2号の発送を終えて、次の準備にとりかかっていると、うたごえ新聞が一番早く届く東京のうたごえ大熊事務局長が「あの…。北九州の綾さんの通信、前回に載ってましたよ」と、新聞を開いて。ええっ! 動揺。言われるまで気づかなかったのも重症。

 たくさんの3・11通信が来た。できるだけ全部載せよう、と原稿をにらんでいたのに。入稿済み原稿は未掲載コーナーからはなくなっているはずなのに。2回特集でもまだ載せきれないというのに。北九州からは他の人からも来ていたけれど、1カ所一人と決めて編集してきたのに…。とくりごとを並べても、だめ。反省。読者のみなさん、ごめんなさい。北九州の写真、綾さんの原稿、私には違って見えた、としか思えません…。校正した他のメンバーも気づかなかったのは…。反省。

作曲家近藤浩章さんに取材

2012年3月22日 木曜日

音楽家の震災復興
あの「アンパンマンのマーチ」も作曲
作曲家近藤浩章さんに取材
なんと 藤村記一郎さんとは高校の同級生!

近藤浩章さん、愛知県知立市の中学生との歌づくりで、よせられた生徒全員分のメッセージを前に

近藤浩章さん、愛知県知立市の中学生との歌づくりで、よせられた生徒全員分のメッセージを前に

  3月21日。作曲家近藤浩章さんに取材。渋谷区の事務所に訪ねる。
  近藤さんに会うのは、「20年ぶりです」と言われて、時の経つのは…。
 前に取材したのは、いずみたくさんが亡くなられてすぐの頃。弟子で、病気の師の仕事も引き継ぎ、劇団新人会の「白衣のポケット」の作曲をされた時だった。 以後、情報交換はしてきたが、今回の取材は近藤さんがとりくんでいる震災復興の活動-書き下ろし第1弾の歌「Home」のこと。出身の愛知県知立市の中学校の生徒たちと被災地への応援歌「つながろう未来へ」を作り、その歌が3月11日、いわき市の鎮魂祭で演奏された-と聞いたことから。ぜひ、詳しく聞きたいと出かけた。 
 20年ぶり、歳を重ねられた分だけ広がっている活動。作品リストはインターネットを検索してもズラッ。あの「アンパンマンのマーチ」は被災地で復興の応援歌として歌われている。

左端が藤村記一郎さん

左端が藤村記一郎さん

 お会いすると最初に、「毎週、うたごえ新聞、読んでます。ここに藤村君が写ってる」と3/26号、全国の3・11を特集した5面、愛知の写真にキーボードを弾いて歌っている藤村さんを指さして、「(“原発ゼロの社会へ”歌づくり)彼の曲が2曲入選してますねぇ。彼もがんばってますねぇ、彼とは…」と藤村さんとの高校時代の話も。
 

震災復興へ、心寄せ 歌いたくなる歌「Home」

2012年3月22日 木曜日

Booklet_2011_OK  「うたごえ新聞で僕のCD紹介がされていて、感動です」。2/27号の「試聴室」で明石武美さんが採り上げた郡愛子さん(メゾソプラノ)の「Voices Ⅳ」。ここには近藤さんが震災復興支援第1弾として書き下ろした歌「Home」が収録されている。
 紹介したことにとても感謝されたが、これは明石さんの目の付け所のおかげ。それにしても「Home」はとてもいい。被災していない私たちが被災地に自然に心寄せて歌える詞、そして曲。Home、それはだれもが持つ故郷。震災で、原発事故の被災で故郷は荒らされ、あるいは奪われようとしている今、その現実に立って、でも心の中から故郷をとりもどそうと歌う。
 近藤さんの優しく、自然で真っ直ぐな目線は、氏の作曲ベースであることが、話の端々で、一緒にワーショップで歌づくりにとりくむ事務所の人たちとのやりとりからもうかがえる。その近藤さんの魅力をたっぷり紙面で伝えなければ。

あかつき印刷株式会社創立65周年記念

2012年3月21日 水曜日

20120323Akatsuki0120120323Akatsuki02近藤さんの取材を終えて、御茶ノ水の全労連会館へ。わがうたごえ新聞を印刷するあかつき印刷株式会社創立65周年記念・春の“お客様交流会”である。
 あかつき印刷は、しんぶん赤旗をはじめ、たくさんの団体の機関紙を印刷しており、言うなれば“今”を発信する拠点である。

左:「あの空へ帰ろう」の作詞者森木一馬さん

左:「あの空へ帰ろう」の作詞者森木一馬さん

 この利用者団体から8人ほどで利用者世話人会がつくられていて、私はなんと、その代表なんです。新聞の発行部数から言えばとても代表などと…ではあるが、歳をとっている、口が達者(小人数の前では)等々で私になって6年近く。メンバーは、医療、土建、農民連、航空などの新聞発行者で、時折持たれる世話人会はお互い、その分野からの実態が聞ける貴重な場である。日航争議支援の歌「あの空へ帰ろう」が生まれるきっかけも、メンバーに航空労組関係者がいたから。
 お客様交流会はいつもはホテルで、ゲストにはプロの演奏家が招かれることが多いが、今回は、全労連会館のホールで、演奏はあかつき印刷のバンドグループと、東京のうたごえがメインゲスト30分の演奏というプログラムである。
20120323Akatsuki03 企画が決まってからは東京のうたごえ大熊事務局長とあかつき印刷の担当者で練られていったが、交流会プログラムにはメーデー・平和歌集が入り、東京のうたごえは30人で歌集からと国鉄東京合唱団を中心に「機関車の歌」など、ビシッと決まった演奏。もちろん、作詞者も紹介して「あの空へ帰ろう」も。そして「心はいつも夜明けだ」ではあかつき印刷社長や専務と腕をくんで歌う。「まさか、社長と一緒に腕くんで歌うなど」と専務。二次でも、うたごえのステージ、企画は好評だった。世話人として私もとてもうれしい気分。

これは一体 何? 第146回芥川賞

2012年3月17日 土曜日

3月17日。文学の例会。今回とりあげたのは芥川賞受賞、円城 塔氏の「道化師の蝶」と田中慎弥氏の「共喰い」。芥川賞だもの、一応読んどこう、ととりあげたが作品は????。受賞発表後の発言「もらっといてやる」も話題になり、単行本が売れに売れているという田中氏の「共喰い」。どろどろした性欲描写、読み心地はとてもよくない。大体「共食い」という題名からして引く。
 選考委員の宮本輝氏は「一人最後まで反対した」??? 登場人物の「仁子さん」にはたくましいエネルギーを感じ、「生命の地熱を感じる」という評にも少しは共感するが???
 そして次ぎに読んだ円城氏の「道化師の蝶」にいたっては、私にはまったく理解不能。選考委員の黒井千次氏の「2回読んで2回とも眠ってしまった」や他の委員の「言わんとすることを伝える前に壁が多すぎる」などにではなぜ、とまたもや?
 3・11以降私たちが向き合ったいのちというもの、人と人のつながりの大事さということとあまりに圏外なこれらの作品に、戸惑うばかり。例会メンバーもほぼ同じ意見。
 芥川龍之介氏は「おれの名前を冠するな!」と怒らないだろうか。いや、芥川賞受賞作への?は今回に始まったことではないいから、もう怒りも感じないかもしれない。

若い! 紳士! 人柄にも魅せられる信長貴富さん

2012年3月15日 木曜日

20120317信長高富産+編集長20120317信長高富産Portlait3月15日。「初心のうた」はじめ、うたごえ合唱団でも作品をとりあげている、前から取材したいと思っていた作曲家信長貴富さんへの取材。
 この労をとってもらったのは神戸市役所センター合唱団の田中嘉治団長。先日、同団の被災地南三陸復興支援コンサートを同行取材した折り、来年の同団50周年記念作品を信長さんに委嘱していること(次から次、著名作曲家に作品依頼しものにするこの団と田中団長のエネルギーに脱帽)、この4月29日の同団“みどりのコンサート”では指揮をお願いしていると聞いた。連絡をとってもらい、昨日の、うたごえ全国協議会四役会議で上京の田中氏と都内でお会いした。

左 田中嘉治さん 全国協議会副会長、神戸市役所センター合唱団団長

左 田中嘉治さん 全国協議会副会長、神戸市役所センター合唱団団長

  若い! ていねいな語り口調、人柄にも惹かれる。作曲は独学とプロフィールにあったので、まずそこから聞いてみた。「小学校の時、合唱が盛んな学校で合唱も好きになり、自分でも曲を書いたから、始まりはそこからですね」。?!! まあ、才能のある人ということでしょうか。器楽も独学。大学を卒業して公務員になるが、自分は何をしたいのかと自問、公務員を辞めて作曲家に。?!! 作曲する姿勢の話も惹かれる。さわやかな気分になるひとときだった。

西会長初出勤!

2012年3月14日 水曜日

3月14日。西会長初出勤。先の全国総会で会長に就任の西会長。この日は毎月のうたごえ新聞編集委員会の日であり、そこから直接全国協議会事務所に来てのお仕事。夜は四役全員揃って会議。西会長を先頭に、運動をどうすすめていくか、真剣な論議に力もわいてくる。

全国からの3・11通信に みんなの本気度ひしひしと

2012年3月12日 月曜日

3月12日。朝、パソコンをあけるとすでに送稿されている3・11通信。その後も続々と届く。なかなかすぐには送られてこない通信(ほんとに)だが、今回は編集部からも連絡はしたが、この対応に全国の震災復興・原発なくせの本気度がひしひしと伝わってくる。
20120319まだ津波が襲ったままの南三陸 送稿のチェックを終えたのは午後4時頃。通常は朝からかかるラフレイアウトも夕方からになり。私も9日から11日、宮城・南三陸、福島、東京と取材した自分の原稿もある。結局、3/26号を印刷所に入稿するため14日は日付けが変わる頃までうたごえ新聞社にへばりついていた。夜、音楽センター会館で一人になるのは怖い。けど、そんなことは言っていられない、久しぶりの真夜中のお仕事でした。

3・11福島大集会の前 郡山駅で

2012年3月12日 月曜日

3月11日。福島県民大集会取材。朝、仙台を発って郡山合唱団の細山啓子さんとお待ち合わせの郡山駅へ。駅に着くと「三輪さん!」の声はなんと千葉・東葛合唱団はるかぜの太田幸子さん。その横に細山さん、阿部純さん、福島のうたごえ議長国分重信さん。太田さんは「私たちも県民大集会に行って、そのあと南相馬の仮設住宅に行くの」とはるかぜ4人組。
  まずは昼食をと行ったお店で、これも録音しなければという話を聞く。
 「郡山でも放射線量が高い地にある娘の小学校は、昨年から一クラス分に相当する数の子どもたちが転校していった。でもここで暮らしていかないといけない人たちがたくさんいる…」と阿部さんはじめ東電の原発事故による福島の放射能被害の話。
 細山さんは避難所や仮設住宅でのうたう会の時の話。被災後最初に行った避難所では避難している人たちが寒いだろうとホカロンを持って行った。「これを持ってきました」と言って渡すのがはばかられて、そっと隅に置いた。歌い終わって帰る時、「ありがとうね。寒いからこれを持って行って」とそのホカロンを渡され、「自分たちも寒い所にいるのに、私たちを気遣ってくださったのに胸がつまった」。「この間は『原爆を許すまじ』を、『この歌、知らない歌だけど、まるで自分たちのこと歌っているみたいだ。歌って聞かせてくれ』と言われ、あらためてこの歌をかみしめて歌った」。
 太田さんたちはずっと南相馬の支援にとりくみ、避難所や仮設住宅で気晴らしにとなるだろうと毛糸を送った。その毛糸で避難所のみなさんは帽子やマフラーを編んで届けて下さった。それをバザーで売って、そのお金でまた毛糸を買い、今度は歌と一緒にお汁粉なども持っていくのだという。
  全国で行われているだろうそんなたくさんの活動。一つでも多くうたごえ新聞に届けて欲しいと思う。

怒りの福島

2012年3月12日 月曜日

 16000人の3・11県民大集会

20120317福島県民大集会  午後1時からの「原発いらない!福島県民大集会」、会場の開成山野球場の観覧席はほぼ埋め尽くされた16000人が参加。グランド中央がステージで聴衆とはかなり距離があるが、それをこえて、コンサート、スピーチがよく伝わってくる。
 オープニングコンサートでの加藤登紀子さん、この人は名エンターテナーだ。「Now is the time」から新曲含め6曲を演奏したが、歌唱もメッセージも聴衆の心をぐいぐいつかんでいく。3・11直後、避難している人たちを思って作ったという「今どこにいますか」は、?あなたは今 どこにいますか、寒くはないですか おなかはすいていませんか…。歌わずにはいられなかったという。そしてもう一つの新曲は5月に訪れた飯舘村で発想したという。飯舘村は美しい里山の村。震災以前のその美しい村に伝わる“までぃ”(真心込めて)の心と震災後あらためて感じるいのちが大きくつながっているということを歌った「命結」。最後は「原発なくせ、その声を100万に、1000万人に、『百万本のバラ』を歌います!」に歓声と手拍子がわきおこる。
20120317大江健三郎 全国の「原発なくせ」の声を代表して大江健三郎さんも東京からかけつけた。
「原発がいかに危険なものか、私は学んだ」「原発事故によって人間的な暮らしができない現実。こんなことを許さないという倫理観は民主主義の基本」「原発がなくなった日を私は想像する。それを実現させましょう」と語った。これはうたごえ新聞に載せよう!
 農民、漁民、母親、高校生など6人の県民代表のスピーチは、放射能汚染が暮らしをいのちを、そして人々の心をズタズタにしている現実を語り、福島県民大集会は“怒りの福島”を伝える。
 集会後、阿部さんは「どの発言もみんな私の叫び」と目を真っ赤にしていた。この声を歌わなければと思う。