2012年2月 のアーカイブ

原発も憲法改悪の策動も政・官・財・学・報の“ペンタゴン”

2012年2月27日 月曜日

2月26日。久しぶりの完全オフ。ため込んだ新聞を読む。そこで、一般紙!と目を見張ったいわゆる原発利益共同体のこと。日本の原発から出る核燃料、プルトニウム抽出を行う海外の会社、その経費も、総会記念講演で伊東達也氏が話されていた電気料金に加算される“かかる費用”。原発に群がる企業、それを推進する政界、官僚。それを円滑に進めるための学界、マスコミ、学校教育…。

「政・官・財・学・報」のコントロールで、憲法改悪への危険な動きを語る政治学者畑田重夫氏の話は、うたごえ新聞、季刊「日本のうたごえ」でも紹介したが、まさにこの5つを「ペンタゴン」として、伊東氏も指摘されている。

前日に、伊東氏の総会記念講演、全文(A4、16ページ)を季刊「日本のうたごえ」用に編集し、さらにうたごえ新聞用に抜粋(A4、約4頁)を作成した後だけに、憲法改悪への動きも、原発も、同じ! と思わず声をあげた。

一方、例えば朝日新聞は連載「原発とメディア」で、メディアが原発をどう伝えてきたかを描き、興味深く読んでいる。が、朝日新聞はその一方で再稼働への論調も載せている。???

日本オペレッタ協会 寺崎裕則氏とローベルト・シュトルツ

2012年2月25日 土曜日

日本オペレッタ協会のオペレッタ「ローベルト・シュトルツの青春-二人の心はワルツを奏で-」を観る。

34年前に設立され、数々の賞を受けている日本オペレッタ協会。もうだいぶ前、創設者の寺崎裕則氏の公演にむけてのイベントを取材したのを機に、以後、おつきあい、寺崎氏はうたごえ新聞創刊50周年レセプションにも来ていただいている。

今回は、“20世紀のヨハン・シュトラウス”と讃えられたローベルト・シュトルツの人生(1975年、95歳で自作のレコーディング中に亡くなる)を、その音楽に魅せられ、日本オペレッタ協会設立後もたびたびローベルト作品を取り上げ、アインツィ夫人とも親交があった寺崎氏の作。声楽家たちの声に惹かれ、また、世界恐慌、ナチ台頭の時代をはさんだ波乱に満ちたローベルトの人生と作品がわかりやすく運ばれ、オペレッタを堪能。最後に会場中で「春のパレード」(滝広太郎訳詞)を歌う演出もさらに気分を豊かに膨らませた。

友遠方より来たるまた、楽しからずや

2012年2月24日 金曜日

関東・東京ブロック会議に参加した茨城センター合唱団の宇野美子さんと久しぶりに会う。この会議には、うたごえ新聞の感想等、直接聞こうと今年からまた出ようと思っていたところだった。宇野さんが旧姓桒名さんの頃、全国協議会のアルバイト、またその後も関東ブロック会議には茨城から出ていた。今回は、東海原子力村をかかえる茨城として“さよなら原発4・1大集会inいばらき”を開催、そこで「つぶてソング」を歌いたいので関東・東京からの応援をという要請もあっての参加だった。

会議では「づふてソング」もいいが、“原発ゼロの社会へ”うたづくり入選曲も、メーデー歌集掲載の「決意」、会場で「心つなごう」を歌おうよ、と意見交換。やはり、会議に来るといろいろ情報交換できる、と本人も再認識。

それはおいて、久しぶりに会う友とのその後の夜半までの語り合いは、心にビタミン剤。

大学生の活動に刺激

2012年2月15日 水曜日

大学生の活動に刺激、
そこで聞いた南三陸前歌津町長の「文化運動」の話にびっくり

2月15日。東日本大震災のボランティア活動に参加した大学生たちが、震災支援講演会「東北の真実~生の声~」を開く、と新聞で見て、中野区のなかのゼロホールへでかけた。大学生はどんなことを感じたか、知りたくて。

主催は震災支援学生団体「Legami(レガーミ)」で、代表の河本真吾さん(東海大学)は講演会趣旨をこう語った。「私のボランティア活動は、“文化の継承”をとうことで被災地での聞き取りでした。私の中にはそれまで“文化”や“文化の継承”ということばはなく、なぜそれをするのかさえもわからなかった。しかし、聞き取りをしてみて、その話に驚き、自分たちだけに留めておいてはいけない、多くの人に伝えなければと思いました」。

20120227元歌津町長牧野駿さん20120227311前の歌津の町手前を走る列車の線路も流されたそして、南三陸町歌津から元歌津町長の牧野駿さんが登壇。歌津を津波がのみ込んでいく映像、そして3・11以前の海と山の美しい歌津の町を映した映像の脇で、南三陸町に合併になる前まで歌津町長を務めた牧野さんのお話。被災当時のこと、町長時代にとりくんだ文化の町づくりのこと。一般会計から予算をつけてミュージカルを上演、さらに地元の「魚龍太鼓」を継承してきた。牧野さん作の創作太鼓もある、「文化が郷土を愛し、生きる力を育てる」と語る。これにはうれしい驚き、学生諸君が講演会を開いたのもよくわかる。

とくに「魚龍太鼓」のことは、昨年、神戸市役所センター合唱団の南三陸復興支援うたう会と太鼓演奏に同行して、歌津で聞いていた。

さっそく休憩時間に牧野さんに取材した。新聞でぜひ紹介したい、ミュージカルの舞台写真、太鼓演奏の写真も貸して欲しい、と言うと「全部、津波で流れました」、に絶句する。3・11から一年後のこの3月、再び南三陸に向かう神戸市役所センター合唱団に私も同行するつもりだが、その時、また歌津でお会いしたいと言うと、「その頃ならいいですよ。2月26日に、私の息子も含めて行方不明者の葬儀をします。それまでは忙しいけれど、それが過ぎれば」ということばにまた絶句する。

20120227福島を伝える新聞記事01 20120227福島を伝える新聞記事02

2012年全国総会

2012年2月13日 月曜日

頼もしい若い力と福岡の小橋さんに注目!

2月11、12日は日本のうたごえ全国協議会総会。ずらりと並んだ愛知勢はじめ、今総会、若者の発言に注目。若い、だけではない、自らつかんだことをしっかり語り、ビジュアルでも迫る、なかなかいいなあ。

福岡・女声合唱団ビオレッティの小橋智香子さんの発言は、北九州の方言も交えて、13年の歩み、掴んだうたごえの魅力を端的に伝えてうまい。だけではなく、最後の方に話された合唱発表会の評のこと。なんのための評か、は心したい。

記念講演伊東氏の心に迫る話と鋭い指摘

20120227総会伊東達也記念講演の伊東達也氏のお話は、昨年の伊東氏への取材、そのあとの福井・敦賀の山本雅彦さんへの取材を重ね、「原発利益共同体、戦後日本の病巣」がくっきりと迫る。

伊東さんも、安斎先生も言われた。「しかし、今回の事態を招いてしまったのは私たちの運動の弱さ」。なんという謙虚な姿勢だろう。伊東氏の講20120227総会伊東達也講演後のサインの列演の好評は、講演後、会場に運ばれた氏をはじめ執筆の「これでいいのか 福島原発事故報道」(あけび書房)を買い求め、サインをしてもらう人の列が語っていた。私も並んだが、一人ひとりに総会のタイトル「きれいな里を返せ…」の文字をていねんに書いておられた。この姿勢からも、40年、原発運動を地道に進めてこられた人となりを見る。

高橋会長 ごくろうさま

20122027退任挨拶高橋さんそして今回の総会、私にはもう一つの特別の想いがある。それは高橋会長の46年の退職と会長退任である。3年前にこの退任は言われていたが、私はうたごえ新聞入社以来のつきあいで、やはり感慨深い。

退任あいさつの時、花を贈ろうと思っていた。事務局次長の大井かつ江さんは、その意図を汲み、その時に歌をと伴奏陣に声をかけてくれていた。「花をおくろう」「心はいつも夜明けだ」、そして「がんばろう」の大合唱になった。

20122027西新会長

後任の西・新会長(右)

みんな荒木栄の歌でしかも歌った3曲の多彩さ。その歌で送れたこと、初めてこれら曲を聴いた人にもこういう形で届けられてよかった。

高橋さん、ごくろうさまでした。

東日本大震災から岡田和夫氏の新作

2012年2月10日 金曜日

第一混声合唱団  コンサート風  を聴く。毎回、丁寧なお誘いをもらいながら予定が重なるが今回は聞けた。

第一混声合唱団は作曲家岡田和夫氏の作品を歌う合唱団で、今回も演奏人数は15人だが、聴き応え充分。前に聞いた「骨のうたう」はまた聴きたいと思う。

今回は、「外郎売りの科白」、合唱のためのラプソディ「数詞考~かずとことばのうらおもて~」、そして東日本大震災被災地を取材しての新作「生きとし生けるもののために-生きた地球を生きる-」。メインの新作は、地震と津波の惨状から原発を歌い、地球の存在を歌う。作曲家の震災に向き合い、発しなければというほとばしる音を感じる。

もう一つ、団員の金子忍氏合唱編曲の「斉太郎節」は、こんなにも「斉太郎節」が心を揺ぶるとは、涙が止まらなかった。

岡田和夫氏の「民族独立行動隊のうた」を聴いて、荒木栄は作曲への心をかきたてられたという。荒木栄没50年、その岡田氏は今も健筆をふるう。

笠木透さんに取材

2012年2月9日 木曜日

今、心に染みる歌「私の子どもたちへ」
作者 笠木透さんにインタビュー
ええっ、原発問題では驚きの話 福井の中嶌哲演さん、
祝島のおじいさん、おばあさんの歌

大塚のうたごえ酒場小林雅之店長、安斎育郎さん、二本松はじめさん、そして今年早々に取材したいと思っていた笠木さん。昨年から原発反対集会で歌われる「私の子どもたちへ」、40年前に作られたこの歌の生命力。あわせて笠木さんがもう何十年も前から伝えておられる各地の原発反対運動のことも取材したいと思っていた。

が、例によって想いはあっても時間が経っていく。そんな中で、しんぶん赤旗を開いてびっくり。ドデンと笠木さんが紹介されているではありませんか。そしてなんと9日にタイトルも「私の子どもたちへ」のコンサートが都内で開かれる、とある。さっそく笠木さんに電話。運良く家におられて、二つ返事で取材OK。コンサートの前にいる、調布市の“クッキングハウス”で。

20120227歌づくりの途中、クッキングハウスで向かったクッキングハウス。その名の通り、料理の家だが、料理を通して障害者自立支援、ここでも歌づくりが進められ、笠木さんは関わられているとのこと。

「食べることが心に与えるもの」と震災、原発被災からの話に及ぶ。「25年前から原発反対の歌を作ってきたが、『安全神話』を突き崩すリアリティがなかった」「知ったことを表現して伝えていく人間としての責務」、「『私の子どもたちへ』の〽のこしてやれるだろうか とうさんは…、この『か』は…」とこの歌の話。

そして、原発の話に及ぶや、福井・若狭小浜の明通寺中嶌哲演住職、山口・祝島住民の原発反対の闘いと歌…、ええっ、ええっ、と!を連発して引きこまれる。まさにフォークソング・シンガー、民衆の闘いと歌を縦横に聞かせてもらう。

2006年、福井で日本のうたごえ祭典が開かれた時、中嶌哲演住職には二度ほど取材している。平和・憲法と仏陀の思想等、その時の住職のお話も心に強く残っている。その時はそんなこと全然わだいにならなかったのは私の意識も…と思わざるを得ないが、そのずっとずっと前から、中嶌住職は原発反対の辻説法をし、そこで笠木さんの歌を流されていた…。祝島では、何十年も前から原発反対の運動を島の人たちは、推進者の家の周りを悪口をわらべうたにのせてデモ行進している…。これ、1回で書ききれるかしら。それにしても、心深き人たちへの取材は私の活力。

20120227笠木透さんコンサート9日木曜日はうたごえ新聞の校正日。朝早めに印刷所に行き、校正。途中で調布へ。印刷所に戻り校正、それを終えて夜の笠木さんのコンサートへと、電車で行ったり来たり。夜のコンサート、トークも歌もより迫ってきた。なんだか笠木さん、まえよりずっと声が力強く、のびやかになったよう。

*クッキングハウスの方たちも参加されていた。昼間の取材で、クッキングハウスの資料をもらったが、マスコミでも、ここのとりくみは注目を集めているよう。食べることと文化・食、次はクッキングハウスも取材してみよう!

“原発ゼロの社会へ”

2012年2月4日 土曜日

“原発ゼロの社会へ”
歌づくりのエネルギー応募83曲の選考会

20120204Genpatsu2月3日。“原発ゼロの社会へ”歌づくり、うたごえ新聞新年号で発表された入選詞への曲他、83曲応募の入選曲選考会が、選考委員に作曲家新実徳英氏、合唱指揮者岩本達明氏らを迎えて行われた。入選詞発表から1カ月半でこの曲数。このエネルギーのすごさ。この曲もこの曲もいい、絞るのも難しいだろうなあと思いながら選考会模様を取材。
  結果は全国総会で発表となるが、その場で論議を聞いていて、詞の選考会の時も思ったが、以前、作曲家林光先生を中心に行っていた季刊「日本のうたごえ」企画、創作曲の合評「批評室」のシーンを想い起こしていた。合評と選考会はちがうが、選者のことばから、表現の視点、詞・曲をいかすためのヒントをまなぶことができる。
 その後の懇親会で、新実先生の原発問題への歌を通しての行動の背景にある考え方、岩本先生は3月、合唱劇「カネト」東京公演を指揮されるが、「カネト」から捉える宇宙観など、大いに刺激を受ける。