2011年11月 のアーカイブ

大学生が企画した「3・11を考える」音楽と詩と映画のつどいで 和合亮一さんに突撃インタビュー

2011年11月26日 土曜日

 11月26日。

IMG_8296 祭典が終わり、第一報を出し、同時進行で進めている2012年新年号の準備が差し迫ってくる。マークしている人をつかむのはなかなかむつかしいのです。その一人だった和合亮一さんに昨夜、世田谷の玉川区民会館で会えた。

 祭典期間中読めなくて貯まった新聞を斜め読みしていた数日前、おっ、と目に止まったのが大学生たちが企画主催〈3・11考える〉集いの記事。「アーティストプロモーション」を専攻する大学生たちが、ミュージシャンのライブとそして今注目の詩人和合亮一さんの詩の朗読、学生が被災地・陸前高田市を取材したドキュメント映画「きょうを守る」上映、そしてその映画監督の女子大生と世田谷区長(学生たちの大学は世田谷にある)との対談というプログラム。若者たちの企画、そして和合さんが来る!に注目し、早速にチケットを予約。取材したい旨を伝える。

 取材についてはステージ写真撮影はNG、主催者から配信ということになった。

 もしかして和合さんにインタビューできないか、できないだろうなぁ、アポもなしで、と思いつつも、一応鞄に重たいカメラもしのばせて行った。

 開演。ミュージシャンに続いて和合さんの詩の朗読は、抑揚、置かれる力点など活字からとは違った詩人の意思が伝わってくる。

 くり返される「福島に生きる 福島を生きる」が深く迫る。

 休憩時間に、主催者から写真配信のためにカメラマン氏を紹介される。すると、そのカメラマン氏いわく「和合さんの写真もということならば、肖像権もあり、和合さんに了解を得て欲しい」と楽屋に案内される。えっ、和合さんに会わせていただける? と楽屋口へ。

  和合さんは新幹線で福島に帰られるためあと25分で会場を出られる。今、取材中でもう一件取材要請があるが、出られる前に写真掲載の許可を得て欲しいと主催者。あと20分切ったところで「どうぞ」と楽屋内に案内される。かくかくしかじかと和合氏に。力強い時朗の時とは変わってやさしい笑顔で「どうぞ、お使い下さい」。お礼を述べて、一言取材を、と言うとこれも「どうぞ」。

 えっ、ほんとに、とほとんど突撃、一言インタビュー。「写真、撮ってもいいですか」、これも「どうぞ」。カメラ持ってきて良かった!

  聞けば、詩の朗読や講演が3月末日までつまっているとのこと。その忙しい和合さんを学生たちがよくよんだと感心したが、スタッフの学生の一人が高校時代3年間、和合さんに国語を教わったのだという。

  若者たちが観る3・11、その視点も大いに刺激された取材となった。

カラー写真ふんだん2011年日本のうたごえ祭典inちば 第1弾

2011年11月26日 土曜日

 11月25日金曜日。日本のうたごえ祭典inちば第1弾12/5号を発行。

IMG_8076 日本のうたごえ祭典は開催地の力を汲み上げる。開催地の魅力、いいとこディスカバリー。今回も千葉の魅力をあらためて知った。そして全国から集う力・歌声、このエネルギーが生きる力、平和の力。今回も「ふるさとの山影」の合唱からすでにジーンと来て、古謝美佐子さんのステージでは涙が溢れた。演奏もお話も心にしみたが、打ち上げでも「島唄を歌う者として沖縄の現実を伝えるのが役目」と話されたことにまた感動。(打ち上げて司会者が、夫で作曲家、ピアニストの佐原一哉氏に一言感想を、と言うと一言『チバリョー』には、喝采)

 合唱発表会でのショートインタビューで立命館大学「若者」OB合唱団の島津雅彦さんも「大音楽会、4回、5回泣いた」と言う。

 そして今回、多くの人が語った「3・11を経た想い」が、今年の祭典を創り、うたごえを鮮明にしたと思う。

 コンサート〈風よあしたにむかって〉も3時間、聴き応え、観ごたえ充分。合唱発表会はAとBを取材したが、「いまこの歌を歌う意味」が鮮明に伝わる演奏が多かった。

 なとなどハイテンションのまま、祭典中に、要員として飛び回っていた常任委員が倒れて病院に運ばれ(幸い手術は成功)たその後も気になりつつ、祭典翌日は第一報編集へ。

 第一報は写真特集だが、2階席後方で構えた私と共同デスクとしてお願いした3人のカメラマンの計4人で撮った大音楽会のコマ数は5000。そこからのピックアップ。つづいてコンサート(約500)から、ふんだんに使った写真しかもカラー、この号は印刷代!!!!

ごめんなさい 愛知・「合唱団なかま」のみなさん

2011年11月26日 土曜日

 ごめんなさーい。3面の合唱発表会表彰団体「職場の部」の、激励賞にもう1団体、愛知の合唱団なかまを抜かしてしまいました。データをコピーする時に、落としたようです。もう一度、合唱発表会事務局に目を通してもらうことをと思いつつ、行ってしまった。合唱団なかまの代表者、合唱発表会や職場の部の担当者にお詫びの電話。反省します。

祭典会場で読者拡大プレゼント 福島支援のりんご

2011年11月14日 月曜日

11月14日 

  ちば祭典もいよいよ今週末。うた新社も3日前の金曜日に祭典当日配布号11/21・28号を発送して、祭典取材・事後報道体制のモードに入る。

 祭典が始まったら第一報を出してその次…とまた書けなくなる。みんなが準備でばたはだしているそばで書いておく。

  事務所の廊下には祭典当日用の備品等諸々が並べられ、そして今年のうた新読者拡大プレゼント、福島からのりんごも届いた。後は、読者拡大プレゼントとしてわたすばかり!

 この読者拡大プレゼントは、毎年開催地にちなんで用意している。この間一番注目されたのは2003年ながの祭典のりんごだった。なんせ、りんご農家の方の好意で運んでいただいて渡すところまで協力してくださった。2004年おきなわ祭典の時も、農家の方がリヤカーいっぱいのさとうきびを運んでくださった。昨年は長崎でカステラ。そして、今年は…、千葉の特産ピーナッツ等も考えたが、風評被害を受けている福島応援のフルーツと決めた。売れずに雨に打たれている夏の桃の映像が強烈だった。

 福島農民連に注文。もちろんとても喜んでいただいたが、「今年は気候の影響で色づきが遅く20日過ぎないと…」と言いながらもすぐに仲間で対応してもらえたのだと思う。「なんとかなります」。こうして届いた少し福島応援のりんご、渡しきりたい。

日航の闘いとうた、原告団の一人森陽子さん取材から

2011年11月11日 金曜日

11月11日。

 祭典当日配布号11/21・28号を発送。1面は、ちば祭典・大音楽会会場・千葉ポートアリーナで響き渡るだろう「あら空へ帰ろう」を聞きながら新聞を開いてもらえたら、と日航争議団とこの歌をもってきた。昨年大晦日に「整理解雇」され、今年1月、東京地裁に提訴した日航原告団は、12月に結審を迎える、「大好きな あの空へもうすぐ帰ります」、と25人以上が祭典の舞台にも立つ、日航原告団から、ちば祭典へのメッセージも届いた。その支援もこめて。 

 日航争議のことは随時紹介してきたが、この号に向けて、昨年末から取材している室乗務員(スチュワーデス)原告団の森陽子さんにあらためて取材した。その時の森さんのことばが強く心に響いた。

 「一年近い闘いの中で、辛いと思うこともなくはないが、そりよりももっと、闘って良かったと思うことの方が多い。この争議の中で原告団、そして職場に残っている組合員もみんな逞しくなりました」「先日、私たちの裁判に先立って提訴していた、パラハラと雇い止め撤回を求める契約客室乗務員の判決がありました。結果は残念でしたが、彼女の闘いで職場はぐんと良くなりました」。

 話を聞いていて、〽も彼のたたかいは彼ひとりのものではない…ひとりが打ち負かされれば別のひとりに引き継がれ…。林光さんの「流れる水と岩の歌」が浮かんだ。森さんのことば「私たちの闘いは、安全安心なフライト、そして人間の尊厳をかけた闘いです」も伝えたかった。

「あの空へ帰ろう」に込められた争議団の仕事への誇りと想い

2011年11月5日 土曜日

20111114南部合唱団演奏会で日航の訴えをする森陽子さん 歌「あの空へ帰ろう」誕生にはいくつかのドラマがある。

 森さんに初めて会ったのは昨年のクリスマスの日。「財政再建」を理由に大晦日に出されようとしてる「解雇通告」を止めたいと日航のパイロットと客室乗員が銀座のマリオン前でアピール行動をしていた。行動の後、当事者から詳しく話を聞きたいと知人に頼んで紹介されたのが森さんだった。

 そこで聞いた客室乗務員の仕事は、ある時は看護師、ある時は保育士、警察、消防士と「安心全安なフライト」の機内でのすべてに対応すること。病人、出産もあるという。そのために、会社がやらなくなった研修も組合で主催してきた。さらに、国際線は特に長時間フライトの出発前からの緊張感…。その後、資料や森さんら客室乗務員がモデルの小説を読み、知らなかった世界の闘いを知った。

 森さんが、闘いを訴えに行ったオルグ先で「あそこに訴えに行ったら」と勧められたのが年4回、東京公務公共一般主催で開いている“大塚のうたごえ酒場”だった。そこで初めて、「心を合わせて歌う楽しさ、特に、労働歌からの連帯感を体験」したという。

 「整理解雇」された人たちの大部分が闘う労働組合員、つまりこの解雇は、航空の国鉄版である。うたごえも支援の歌を、と考えていた時、元航空労働者から詞がうたごえ新聞社に送られてきた。この経緯はうた新にもこのブログにも書いたが、作詞者と森さんに音楽センターに来てもらいお話を聞いたのは1月、東京では珍しい大雪の日だった。その話も届けられた1月末の全国創作合宿で作曲家武義和さん作曲「あの空へ帰ろう」が生まれ、全国で歌い広げられた。森さんは「一緒に歌って体の芯から励まされる素敵な体験をしています」と言う。

 「勝つまで闘う闘い」(原告団)を応援できる歌が生まれたのは今年のうれしいできごとその1だ。

朝日新聞連載「原発とメディア」

2011年11月5日 土曜日

20111114朝日新聞 「原発とメディア」を注目した最初の写真 正田篠枝さんと大田洋子さんの写真 この人が大田洋子さん、この人が正田篠枝さん。ヒロシマの事実を米占領下の弾圧をくぐって書いた小説家と歌人のことは知っていたが、と写真を掲載した新聞に目が止まった。それを機にシリーズを目下、スクラップ中。貴重な写真と原発をめぐる報道を綴る朝日新聞の夕刊連載「原発とメディア」。

 原爆被害が新聞に克明に書かれたのは、1945年8月15日の原爆投下からなんと一カ月後の9月まで。アメリカの占領下に置かれた日本での、原爆の記述は押さえられ、しかもすでに「原子力」が「平和」へのものとして描かれ始める。ビキニ被災も事実は隠されていく。以後、原発導入、開発をメディアはどう伝えてきたか。東電の福島第1原発事故から、今、それらがリアルに綴られ興味深い。1955年、広島の原爆死没者慰霊式で「原爆を許すまじ」を歌う合唱団の写真もある。

 この間、新聞・テレビ、雑誌等も、過去に遡って、福島の現状、原発問題、警告されていた原発の危険、「安全神話」を採り上げている。マスメディアが駆使しして集めた膨大な資料を今度こそ、正しい選択の「真実」の材料として提供されたい。あわせて、うたとの関連でうた新でも追求していきたいと思う。

作曲家高橋喜治さんと南部合唱団演奏会

2011年11月3日 木曜日

20111114「原爆を許すまじ」「日本国憲法前文」の編曲・高橋喜治氏  11月2日。南部合唱団の演奏会を聴く。

 南部合唱団は80年代初め、団員が5人ほどにまで減った中、路地裏コンサートを展開し、新団員を迎えて再生した。その歴史を知っているだけに団とのつきあいも深く、音楽会の感想も率直に言ってきた。が今回は、良かった! 最初の声から明るくすっきりしていて引き込ませた。同団がいつもプログラムする歌謡曲ナンバーも、今回は意図が伝わった。メインの、「日本国憲法第九条」から作曲家高橋喜治氏に編曲を依頼した「原爆を許すまじ」「日本国憲法前文」は、心地よい緊張感とともに聴き入る。「憲法九条」は十八番だけあってまっすぐに入り、「原爆…」は南部の地から生まれた曲に真摯に向かう姿勢とハーモニーを聴かせる編曲を歌いきった。「憲法前文」は大曲、必死に歌っている感じだったが、この力感は伝わった。

IMG_7753  なんて、私の感想。音楽評論家小村公次氏の紙面での評はいかに。

 この日、編曲の高橋喜治先生とお近づきに。一見、寡黙のようで実はいろいろ話してくだる。南部合唱団の機関紙「なんぶ」に編曲への想いが書かれていたが、当夜の話、先生のブログにはもっともっと深い想いが書かれていた。ちば祭典では合唱発表会・職場の部の審査委員。感想等また根掘り葉掘り聞こう。

敦賀で聞く原発の話

2011年11月1日 火曜日

2011114敦賀の山本雅彦さん 原発に関する最近の雑誌等の報道資料を広げて  10月31日。「10・30原発反対ふくしま大集会に1万人!」のニュースを聞きながら、福井・敦賀に向かった。前日、福井・武生で開かれた北陸のうたごえ交流会でうた新の話をし、せっかく福井まで来たのだから、敦賀原発の話を聞きたいと福井のうたごえメンバーに紹介を頼んで、受けてくださった山本雅彦さん(日本科学者会議会員)に取材。

 なんと、山本さんは以前うたごえ合唱団に所属し、原発で働いたこともある。「原発を今すぐ止めても完全廃炉までは30年かかる。原発推進者の『原発廃止で経済破綻』はあてはまらない」をはじめ、原発ゼロへのお話を聞く。

 そして、20年ほど前、福井のうたごえ制作・初演された合唱組曲「海の軌跡」の話に。初演当時、原発をテーマにした歌を原発銀座の福井で歌うことは市民の抵抗も大きかったが、「福島の事故でだれもが原発の危険を知った今、受け入れられると思う」と語り、「原発問題も事故から8カ月、マスコミのトーンは下がっている気がする。それが危険」と話された。

20111114敦賀・美浜原発  福井・美浜原発の近く、美しい松並木の海岸、気比の松原は「格好の海水浴場だったが、今は立ち入り禁止」、「野球で甲子園にも出場した気比高校は、関西電力が宣伝のために全国から球児を集めてつくった高校」などなど、原発立地の地で聞く話の重み。その足で、同行していただいた福井のうたごえの山内さんにお願いして、美浜原発に向かった。休みの日で原発展示館には入れなかったが、遠巻きに美浜原発をカメラに収める。

北陸のうたごえ交流会で福井・武生へ

2011年11月1日 火曜日

20111114北陸のうたごえ交流会で(福井・武生) 10月30日。北陸のうたごえ交流会でうた新の話をするため、福井の武生へ。会場に着くと表は車がズラリ。福井県内から、富山、石川からもここまでは結構遠い道のり、車で分乗して駆けつけたのだ。

 交流会は、午前中に指揮者渡辺享則さんを長野から迎えて、ちば祭典全国合同曲の練習。午後は北陸各団体の演奏交流、そしてうた新の話と盛りだくさん。92人が集って、ちばへと歌っているのを聞きながら、全国各地でこのようにちばへと想いを寄せて歌われている…と思うとぐっときた。

 来年、「悪魔の飽食」全国縦断金沢公演を開く石川県も元気。県立音楽堂、アンサンブル金沢と共演にも期待が高まる。

 終わった後のごくろうさん会でごちそうになったお寿司。魚が美味しかった。

(後日、武生センター合唱団の機関紙に、うた新の話、良かったとの記述にホッ)