2011年10月 のアーカイブ

企画が消えた…

2011年10月26日 水曜日

 10月26日。月、火は新聞の締め切りとレイアウトで、他のことはほとんど考えられない、原稿と時間との格闘。水曜日は、ずれ込む事態がない限り、頭は次へと頭をまわす。きょうは、 ○/○号1面はこれ!と思いアタックして、結果を待ちながら次の仕事をしていると、来ました。「残念ですが…」。ガクッ。このとたん、暫し、次へと回わす思考、気力停止。他のことが手に着かない。

 「行ってしまった列車を追うな」、最近、繰り言が多くなった母に言うことばをきょうは自分に言っていた。

  何も手が着かないまま、会館内をうろつき、エーちゃんこと斉藤さんにほやき、アイディアをもらって、少し立ち直って…。

塙歩く事務所、きょうは感動のうた新パネルが

2011年10月25日 火曜日

20111026うたごえ壁新聞  10月25日。最終盤に入ったちば祭典、塙運営委員長がその中をきょうは関東ブロック会議で東京へ。いつも塙さんは、コロコロコロコロ、キャリーバッグを連れている。私は「歩く事務所」と言っているが、きょうばかりはその事務所から出て来たものに感動。この一年のうたごえ新聞ちば特集の記事を模造紙4枚ほどに掲示したうた新ちば版パネルである。一目でこれまでの報道とちば祭典の見どころがわかるシロモノ。

  「やあ!  すごい!  つくってる方としてもうれしい!」と歓声を上げる私。関東ブロック会議に参加メンバーも「すごいよ」と異口同音。

  「三輪さんに見せたくて持ってきたの」の塙さんのことばにまた感謝。

  これは祭典会場にも掲示してみんなに観てもらわなくては!

コリアンタウン新大久保

2011年10月22日 土曜日

 10月22日。新大久保商店街振興組合理事長・諏訪信雄さんに取材。

 諏訪さんも何回もテレビ取材も受けたという今や特番がくまれる「コリアンタウン新大久保」。韓流ブームに、K-POPブームが加わり、中年層も若者も、JR山手線(この名前は国鉄時代からやはり残った)「新大久保」駅から明治通りまでの600㍍の大久保通りは連日、祭のような人だかり。この中に商店街加盟店だけでも40の韓国の店がある。うたごえ新聞社、全国協議会、音楽センターの面々、大部分は毎日この通りを通っているわけだが、いつまにこの町は…。はとバスの観光コースにも入っているのです。

 それにしても、私の友人が韓流ブームにはまり、退職後、ハングルを学びに1年間韓国に留学した。しかし、この町では韓国の人が、中生、熱燗と、難解であろう日本語で注文をとり、つりり銭何十何円と対応するのを見て、語学力って生活力から身につくのだと実感している。

  諏訪さんからは、コリアンタウン新大久保の背景にバブル、この現象と共生のまちづくりと…などを聞く。

宮城の教師と子どもたちの記録「3・11 あの日のこと あの日からのこと」

2011年10月17日 月曜日

 10月17日。今週はうたごえ新聞5週目休刊。全国協議会の事務局も、祭典前の佳境、ジグソーパズルのような300団体の合唱発表会本選のプログラムを組む奮闘の横で、こちらもこの一週間に、祭典前に出す季刊「日本のうたごえ」の編集を一気に仕上げる。最後に書いた原稿は、9月末、仙台で取材したみやぎ紫金草合唱団の石垣就子さんの取材から。その時、石垣さんにいただいてた「3・11 あの日のこと あの日からのこと」(震災体験から宮城の子ども・学校を語る。かもがわ出版)を読みなが書く。この本への原稿が教師らに依頼されたが、なかには「まだ書けない」という先生たちもいることが書かれていた。そして寄せられている文のなかからもすさまじい被害が伝えられている。そして、石垣さんの話にもあった、同時に復興へと向かう教師や町のとりくみに、人間の力を見る想いだ。

20111026町ごと流された雄勝町20111026雄勝中学校が復興の文化祭

「99㌫の声を聞け」、ニューヨークの行動の写真、NYの名井さんから

2011年10月17日 月曜日

 10月16日。「写真、送ります」とNYの名井陽子さんから送られてきた写真。「99㌫」と書いた文字を掲げる人々。そして、現場からなればこその映像は、デモンストレーションする人々に配られる朝食、救急テントの様子。そしてなぜか、みんな会場のテントでスーツに着替えるのだそうだ。

Weare99pct2011102救急テントもあります20111026朝食が支給されました

祭典直前モードの千葉に北海道からの熱いエール

2011年10月16日 日曜日

10月15日、祭典前では最後の第9回ちば祭典実行委員会へ。私は大いなる勘違いで遅刻。そっと会場に入ると…、なんだか雰囲気が違う。ほんわかムードではなく、「なんとしても会場を満席にして!」という空気が伝わってきた。会場に足を踏み入れた時は、日本のうたごえ全国協議会の小澤事務局長が北海道合唱団からの祭典への熱いエールとなる一文を紹介したところだった。

 その一文は、私も次のうたごえ新聞に紹介しようとマークした北海道合唱団の機関紙「マルチャ」に載った大堀尚己さんの文。今回の大音楽会会場・千葉ポートアリーナは18年前と同じ会場(東京開催だったが会場がとれず千葉へ)だが、「その18年前の祭典で…」と始まり、祭典に誘った実家・千葉の両親も“うたごえ運動”がそれなりに伝わった前回。今回はさらに関東圏の親族にも声をかけて8人で大音楽会へ、とある。開催地千葉のメンバーに強力な応援である。

 18年前の千葉・ポートアリーナ祭典。私もこの一文を読んで、あの時、東京・立川から埼玉、千葉へ、そして横須賀から千葉への2本の臨時「ぞう列車」を走らせたことを懐かしく思い起こした。

今年のうたごえ新聞読者拡大プレゼントは,フルーツ街道・福島のリンゴ等

2011年10月16日 日曜日

20111026実行委員会  実行委員会は、最終盤の追い上げに、昨年の長崎の教訓から全国協議会高橋正志会長が昨年の長崎の話を。自分の車に祭典のポスターを掲げるなど宣伝戦、連日交替で発信した組織のファクスニュースのことが紹介されると、荒巻祭典組織委員長「明日から、私の車にもポスターを貼ります」。

 東葛合唱団はるかぜの折笠さんは、地元の書店に祭典チラシを置かせてもらう、広報やメディアの告知欄を利用する、毎月の地域九条の会でも必ず歌ってアピールしてきた発言し、会は高潮ムードに。そして、うたごえ新聞読者を増やして祭典成功へと議題が移り、私も発言。その時、うた新を掲げてくれた司会陣に、千葉のみなさんとタイアップで、祭典の魅力、ゲスト等、伝えてきたなあ、と思う。 この勢いで読者も。そして今年の読者拡大、祭典会場でのプレゼントは、「放射能汚染、加えて風評被害に苦しむ福島支援。フルーツ街道・福島の果物です!」と言うと、反応はニタッ。いやもっと反応して欲しいところだけど。

NYの名井さんからメール ウォール街のこと

2011年10月15日 土曜日

  10月15日(土)。NYウォール街への抗議行動「99㌫の声を聞け!」は全米に広がっている。現地からの声が聞けないか、と編集会議で話題になり、さっそく昨年、NPT・NY行動の取材で通訳でお世話になったNY在住名井陽子さんにメールした。「ごぶさた…」から始まるメールにすぐに返信。うれしい。

3週間の帰省(広島)からも戻ったところとのこと。ラッキー!

 アメリカ市民も東電原発事故、放射能汚染は神経を使っている。

“ウォール街”のデモンストレーションは白人中流階級が多いが、銀行口座を持たない貧困層は家賃を払うのもものを送るのも郵便のため、今、郵便局は長蛇の列。きょうまたデモがあるから写真が撮れたら送ります、とのメールに続報と写真を楽しみにしている。

 今から、第9回ちば祭典実行委員会へ。

ぎりぎりセーフ10/24号 伊東先生から超短縮原稿校正

2011年10月14日 金曜日

 10月14日(金)、10/24号発想。

  この号は、「原発のない安心な日本(世界)へ」、日本のうたごえ全国協議会の歌づくりよびかけと10・30福島大集会を、大きくうちだそう、と決めていた。その1面は、と思うと、次号季刊「日本のうたごえ」№154のメイン企画の一つとして取材した伊東達也氏(原発の安全性を求める福島県連絡会副代表)のお話しかない。3月11日からの福島現実がリアルに語られ、“福島”の想い、うたごえへの期待も語っていただいた氏のお話、季刊で全文を紹介するにしてもうたごえ新聞で抜粋を紹介したい。

 だか、よしっ、と決めたのは締め切り3日前。それからが大変、まずは2時間にわたるお話をまとめた原稿の量を見れば、新聞に載せられるスペースを考えれば10分の1。全文はすでに先生に目を通してもらうため送ってあるが、あわせてこれから原稿をつくるがちこちらの目通しを先に、なとどあわただしくお願いし、締め切りの月曜日。うむむ、なかなか至難の業。エッセンスは伝えたい。

 月曜日原稿締め切り、ラフレイアウト、火曜日レイアウトと通常の仕事が優先、その後にとりかかり、できた! と先生に送る。しかし、3月から先月末までに110回の講演回数を数える先生。果たして行き違ったりはしないか…。

 校正の木曜日朝、先生からの返信がない。不安いっぱいで自宅に電話。すると先生がおられた! どうやらファクスが行き違っていたらしく、目を通していただいた原稿が届く。しかも、訂正は少しだった。

 しかしである。講演回数110は130回になっていた。そもそもこの取材、宮城のうたごえ岡村朋子議長の大学の先輩ということで急遽お願いしたが、その日が空いていたことの幸運をあらためて思う。

 この号は、随処に出てくる「つながりあそび・うた」。通信として届いた“ちば祭典”「食と農」を考えるチームの、学んで歌って食して…、いいなあと思う。こんな集いが全国で無数に開けたら、心身共に健康なくにになるだろうなぁ。

指揮者の職業病 栗山文昭先生

2011年10月14日 金曜日

20111015栗山先生  10月13日(木)。季刊「日本のうたごえ」連載、「音楽の樹から」の合唱指揮者栗山文昭先生にお話を聞きに行く。

  今回は、「聞く」の前に7日に終わったばかりの、三多摩青年合唱団・栗友会合唱団のコンサート“うたのいとなみ 平和のいとなみ”について、私の「聞きたいこと」を初めにいくつか連打(役得)。

  このコンサート第2部は一時間半近く休みなしで演奏。引き込まれる心地よい緊張感、心の奥に深く染み入る音とメッセージに酔った。が、この長時間のため座っての指揮かと思っていた。

 ところが先生は…。それもあるが、「普通の人はわん曲している首の骨が私はまっすぐらしくそのため圧迫されて…」「もともと指揮をする姿勢がそもそも体に負担をかけるわけで…」。指揮者の職業病についてはこれまでも聞いたことがあるが、さらに骨の形状が加わり、「時々、ほんの短い時間だが血が通わなくなって倒れそうになる…」と聞くと深刻。いのちがけの音楽だ。