2011年9月 のアーカイブ

パレードとデモ行進?!

2011年9月29日 木曜日

イラク戦争反対の頃からだと思う。デモ行進ではなく、パレードと言われるようになった。パレードの方が幅広くだれでも参加できるというニュアンスがあるからか、最近はもっぱらパレード。

 辞書には「パレード はなやかな行進。次から次へと見せる」、「デモ行進  集団で要求を通すための集団で威勢を示す」とある。やはり意味がちがうよん、と思う。東京9・19集会で大江健三郎さんは「デモ行進しよう」と言われたのを読んで、すっきりする私は古いか。

池辺先生よりロンドンから 校正OKのメール

2011年9月29日 木曜日

 9月29日木曜日。印刷所でうた新校正の日。池辺先生の連載「空を見てますか」は、毎回先生に最終チェックと校正をしてもらう。今回は先生の居所がロンドンだった。時差9時間をちょっと失念。校正は朝10時からでその時点ではロンドンは夜中の1時。先生が起きられるのは何時だろう…、夕方までに間に合うかしら…、こうなったら待つしかない。すると日本時間の午後3時少し前、先生から電話。ロンドンは7時でした。そして、その後OKのメール。こうして海を渡って連載804回も通過しました。

震災復興の力強い槌音 宮城のうたごえ

2011年9月27日 火曜日

 9月26、27日。季刊「日本のうたごえ」の取材で宮城と福島へ。

  宮城行きは、宮城のうたごえが進めている震災復興計画、県内の状況を季刊で採り上げたいと岡村朋子宮城のうたごえ協議会会長に連絡すると、県の会議を26日にする、この日が一番集まっている、他の日の設定は10月初めまで月無理とのことで、26日月曜日午後、宮城へ。

 本来月曜日は原稿締め切りとラフレイアウト、火曜日はレイアウトと、一番うた新デスクにかじりついている日だけれど、取材のチャンスは最優先。

 宮城のうたごえの会議は、復興支援に歌を届ける活動、日本のうたごえ祭典inちばへ行こう(この時点で161人+αが参加を決めている)、「震災レクイエム」合唱組曲の構想なとなど、力強い復興の槌音を聞く感。

20111001宮城座談会 それが終わってから、会議の中身も補強してもらい、それぞれの想いを語ってもらう座談会へ。夜の11時までおつきあい願った。

  震災からひたすら前を向いて行く時、CD「ふるさとの山影」制作が大きな支えになったと言う。反面、今、季節が変わって冬物の衣類を取り出した時、あの震災の恐怖が体中を襲ったという話に、虚を突かれた。

20111001石巻の話し  会議の前には、一番被害が大きかった石巻から石垣就子さん(サークルコンブリオ、うた新にも紹介した震災をテーマにした創作曲作者)が、震災後人口の7割が流出した雄勝町で始まっている「被災地の復興を担う子育て・地域づくり」の実践などを話に来てもらう。この実践はぜひ全国に伝えなければ。

宮城のおいしいお米 デラックス朝食をごちそうになり…

2011年9月27日 火曜日

 その夜は、岡村さんの家に泊めてもらった。岡村さん宅には、震災で自宅マンションが半壊した珍田洋子さんが震災以来、同居。

 11時過ぎに宮城のうたごえ事務所を出て、遅い遅い夕食を開いていたお店で摂る。ハンバーグライスの、まっしろなお米、美味しかった。宮城も米所。ちなみに珍田さんは、“小林康浩式・糖尿病対策”で「ごはんは食べない」。「ごはんの白さがお砂糖に見える」とか。なんと、こんなおいしいお米を。

  もう一つちなみに、珍田さんは料理が得意。朝は、サンマのつみれ汁、玄米ごはん、ゴーヤと豚肉他野菜たっぷりの卵とじ…。贅沢な朝食。珍田さんはこの玄米もNG。

  岡村家での就寝午前2時近かった。その間、岡村さんに、(取材に)こんな人を探している、と言うと、なんと豊かな人脈。岡村さんの大学の先輩、福島・いわき市在住、原発問題にずっととりくんでおられる伊東達也氏を紹介し、翌日のアポイントまでとってもらう。

チェルノブイリの子どもたちが警告していた

2011年9月27日 火曜日

  仙台から帰京の途中、郡山で下車していわき市へ。震災前なら仙台から常磐線1本で行けるいわき市だが、震災と東電原発事故で、この区間は立ち入り禁止、流された線路もそのままで不通のため、新幹線で郡山へ。そこから一時間に一本のバスを待って、伊東氏宅へ。

20111001伊東達也さん  伊東氏は、“浜通り医療生活協同組合理事長”、原発問題では“原発の安全性を求める福島県連絡会議副代表”として長年活動され、“ なくせ原発!安心して住み続けられる福島を!10・30大集会ふくしま”の発起人早川篤雄さんと一緒に活動されている。

  チェルノブイリには何度も訪れているが、「チェルノブイリで最初に見た甲状腺がんの治療をした子どもたちに傷痕は衝撃だった」と、原発の危険を警告してきた。

20111001一時帰宅で戻った早川さん 「それが今、現実に。事故以来5万人余が47都道府県に避難している」。生存権を保証していく活動と一刻も早く原発に頼らないエネルギー政策を、その民意を形成していくために、と柔和な口調の氏のお話に聞き入って、気がつくと2時間が経っていた。連日全国の講演活動でで多忙な氏が、この日だけ開いていてお話が聞けたことは幸運、岡村さんにも感謝。

次々エネルギッシュな 輪田鼓、今度は「鑑真和上」

2011年9月26日 月曜日

20111001輪田鼓フィナーレ20111001物語の一シーン 9月25日、神戸市役所センター合唱団の和太鼓衆団輪田鼓の、“和太鼓としの笛、雅楽、聲明でつづる歴史ロマン「鑑真和上」”を観に、神戸へ。同団は、回転することが活力源か、と思うほど次から次へと本番、しかも新作初演も多い。輪田鼓も昨年東京で再演した「おくの細道」につづいて今回は、天理大学雅楽部の絢爛豪華な舞台と真言聲明の会の聲明をゲストに、輪田鼓の太鼓と踊り、芝居と歌で構成した「鑑真和上」。

 井上靖の小説「天平の甍」にも詳しい鑑真と日本の苦行僧の話を、輪田鼓の太鼓を軸に物語る今作。代表の田中嘉治さん、超がつく忙しさの中、資料を集めての作・構成、ゲストの交渉で作り上げるその活動に感嘆。「今回の舞台もぜひ観て欲しい。昼夜2回公演で入りは深刻」など不安も交えたラブコールを受けたが、昼の部は満席だった。この豪快さがまた魅力だ。

20111001天理大学雅楽

天理大学雅楽部

20111001天理大学科学

天理大学雅楽部

真言聲明の会の聲明

真言聲明の会の聲明

ええっ、6万人集会も知らん顔?

2011年9月23日 金曜日
私の地域の秋祭り、ベランダから

私の地域の秋祭り、ベランダから

  9月23日。きょうは世間は休日。仕事していても音楽センター館内も静か。 きょうは、毎週の新聞発行に追われ、季刊「日本のうたごえ」次号制作に、なんとかに火がつく状態で、編集会議の議論をもとに具体化し、あちこちに電話やメール。「では、そのように」「では、おねがいします」のやりとりで、週末と月曜日と、文字通り東奔西走となりそう。

  次号メインの一つは、大震災復興・反原発になるが、それにしても驚きは、野田首相の次々出る発言。今、全国各地で反原発集会が開かれている。9・19東京・明治公園も5万人よびかけに6万人が集い、会場を埋め尽くしても入り切れない人が「さようなら原発」と主張しているのに、野田首相は「停止中の原発は、来夏、再稼働」。ええっ。加えて「普天間基地、辺野古移転で」、ええっ。

 どこまで行くと聞く耳を持つのかしら。いや、その耳に違う情報を流す人たちがいるのです。ここらあたりをしっかり突いてもらう論客を、うた新、季刊ともに捜しています。

京都うた新まつり~一人ひとりのうたごえドラマを聞く

2011年9月20日 火曜日

 9月19日は京都へ。毎年恒例のこのまつり。今年も、ちば祭典に出演する京都の《Nichiuta の風合唱団》の練習の後、30分の休憩・準備で12時半開始。合唱練習の最後を聞こうと、場所の西陣文化センターに着くと、ムッ、暑い。部屋いっぱいに合唱練習の熱気で回る扇風機も暑い風を攪拌している。

  合唱練習が終わりました。すると、「お疲れ様」と次々、帰っていかれます。あれれ、何人参加?と心細く…。でも、だいじょうぶ、24人の参加でした。

  歌い交わし、食べて飲んで、うた新をまん中にお話の京都うた新まつり。

 今回は、初参加の人に一言、と言っていたのがほぼ全員、いろいろ話されて…。でも、ええっそうだったの、そんな想いでサークルを、とあちこちで。考えてみれば、一人ひとり想いがあるようにサークル・合唱団にも誕生から歴史、今の想いがある。

  京都府庁紫陽花コーラスの藤原一恵さんの話は、うた新で紹介しようと思った。“朱雀音楽クラブ”の前身、朱雀高校定時制PTAコーラスを立ち上げたのは10年余前。藤原さんの二女が登校拒否から定時制に通うことになって、はじめて定時制という学校の中身を知ったこと、様々な事情から定時制に来た子どもたち、親の事情、そこでつながったPTAコーラス…。「そのコーラスが今年、うたごえ協議会に加盟したこと、それももう一つのサークル“巣立ち№1”と一緒に、それがうれしい」と語る藤原さん。

  私も、以前、全国合唱発表会で朱雀高校定時制PTAコーラスの名前を見た時、どんな成り立ち、と思っていたが、ここで聞けて、うた新まつり開催に感謝。

  「なんで送った通信出えへんの」「2面の情報欄は東京・関東中心」等々の意見も聞きながら、こちらの方針、紙面に書ききれなかった、書けなかった取材のこと、新聞づくりのこと、通信はこんなのがうれしい、これはだめよ、など話させてもらう。さっそく参加者からまつりの通信が届き、感謝。

薄情な娘

2011年9月20日 火曜日

 

秋ですね。朝日新聞、被災地の一本松と月は、思わず接写

秋ですね。朝日新聞、被災地の一本松と月は、思わず接写

 9月18日夜、翌日京都へ向かう途中、心臓発作後の母のことも気にかかり岐阜の実家へ。幸い、「ガラスのように大切に」「茶道の稽古の時のように静かに」をモットーの日々はつつがないよう、姪と姪の娘二人も来ていて、キャーキャー、ピーピーいうひ孫たちとじゃれ合う姿に、一安心。

  帰りに母に、「頼むよ、新聞の発行は待ったなしなんだから、飛んでこれないんだから」と励ますつもり言ったけれど、薄情な娘と思ったと思う。

震災を、不当差別を乗り越える、とはこういうこと

2011年9月19日 月曜日

国鉄&私鉄のうたごえ祭典祭典

9月17、18日、国鉄&私鉄のうたごえ祭典の取材で名古屋へ。

20110923国鉄合唱団20110923l国鉄アロハ 国鉄のうたごえ祭典は久しぶりだったが、昨年「和解」の23年にわたるJR採用差別事件(国鉄闘争)のなかで、闘いを励まし、自らも力を蓄え生み出してきた国鉄のうたごえ、数々の歌。歌い闘い抜いたその演奏はやはり聴かせる。

 さらに3・11大震災の被災のなかで線路をつなぎ、歌を届けている仙台D51合唱団、震災被害に加え、東電原発事故の放射能被害が覆う福島からは、この災害が国鉄事件と共通した人災であることを訴え、歌う。

 「『かあちゃんたち、家でどんな諍いがあっても、出勤する父ちゃんを笑顔を送り出してくれ』と語ったある組合分会長…」、名古屋在住、国鉄闘争を小説「父さんのシルクロード」に描いた作家佐藤貴美子さんの取材エピソードも、本当に鉄路を愛する労働者たちはだれたちだったか、を伝える。

20110923ダンス  私鉄のうたごえの風刺を効かせた歌、名鉄わだち合唱団得意のコントも交え、闘い、笑い、明日への活力は充分。さらに、東海青年のうたごえの愉しい司会運び、名古屋市立工業高校・ブルーボーンジャズオーケストラの演奏、オーケストラと歌う「俺たちのシルクロード」と来れば、もう会場は総立ちのフィナーレに、ならぬわけがない。

  交流会で一言、話させてもらって…、うた新読者が二人増えたのも、うれしい!