2011年7月 のアーカイブ

大石又七さんの叫び、ビキニ事件の真実と原発

2011年7月29日 金曜日

IMG_6029  8/8号で紹介した大石又七さん。大石さんには2002年に取材し、そのその翌年、氏の二冊目の本「ビキニ事件の真実 いのちの岐路で」を読んでいた。なのに、なのに。今回、哲学者の山科三郎先生に、NHKの番組で大江健三郎さんと大石さんの対談を見て、ぜひ会いたいとお願いした。一緒に行きませんか、とさそってもらった。ぜひ、とふたたびその本を読み返して、自分でも驚くほど、“政治決着”の部分がびしびしと入ってくる。なぜあの時、と自分のあさはかさを深く反省。

 取材の時、率直に大石さんにそういうと「多くの人がそうです。やつとわかった? という想い」と言われた。この本に、ここに今の原発問題の解決の糸口がある。

IMG_6063IMG_6064 大石さんは、早くに父親を亡くし、14歳から働き、船乗りとして乗ったのが第五福龍丸。船出した太平洋上で20歳の誕生日を迎えた。そして、1954年3月1日の、アメリカの水爆実験に遭遇する。その後のことは、本にも、うた新でも紹介したが、差別と偏見のなかで静岡・焼津を離れ、東京に出て来た大石さんだが、うち捨てられていた第五福龍丸と東京で「再会」し、以後、ビキニ事件の真実を解く人生となる。ビキニ事件を描いた「太陽が西から昇った日」はハワイ大学から英訳して出版される。また今月には五冊目の本「矛盾」を出す。ビキニ事件の真実を解いていくと明治政府、天皇制にぶちあたったという。

  この人の人生から深く学ぶ。

あかつき印刷さんの利用者世話人会で

2011年7月10日 日曜日

             草の根運動のネットワーク
       あかつき印刷利用者世話人会

  7月8日は、毎週うたごえ新聞を印刷してもらっているあかつき印刷さんの利用者世話人会があった。ここには農民連、民医連、生活と健康を守る会、国民救援会、新婦人新聞…かなりの労働組合、各階層・文化団体の機関紙が印刷されている。世話人会メンバーはその6紙からと労働運動、機関紙運動の重鎮、あかつき印刷のみなさん。 私は06年末からこの会の代表世話人をさせてもらっている。

                   全国から送られた道具に
                  職人魂が甦った大工さん
                  民医連はリーフと「私の行動記録」

CIMG0125  会議は1時間ほどで後は飲み会だが、今回は、私が特に感じているこれら各団体がいかに被災地を物心で支えているか。きょうはぜひそのことを交流したいと提案した。直接聞くとまたその支援の深さを思う。

 道具ごと流され、もう仕事はできないとあきらめていた大工さんが、全国から送られてきた道具を見て職人魂が甦るのを見た、と全建総連の前島さん。医師500人、看護師800人、のべ13000人を被災地に送ったという民医連の室田さん。
CIMG0126CIMG0128しかし、ここでも福島の放射線の問題は深刻で、民医連では、放射線が人体に及ぼす影響などをまとめたリーフレット「福島第1原発事故から 何を学び、とりくむか」を発行し、福島県民全員に「私の行動記録」をとることを勧めるノートを配布している。

  あかつき印刷も、昨年10月、カラー化に対応した東北工場が被災、一カ月で復旧させた時の話…。

                居酒屋で「仕事の歌

 歌は即いのちや暮らしを支える力にはならないが、しかし…と私はこの間の被災地と歌、太鼓や歌での支援行動、宮城・女川での轟会のこと、東北交流会でのレコーディングコンサートで福島のうたごえの「仕事の歌」が深く心に響いたことなどを話した。

 二次会の居酒屋でも各団体からの話は続き、この草の根をもっともっとつなごうと…と異口同音に語られた。そして、「そうかぁ…、『仕事の歌』ねぇ。よっし、みんなで歌おう」となり、歌った。あかつきの世話人会でみんなで歌うなどはじめてのこと。

               「俊ちゃんから勧められて
               ずっとうた新読者ですよ」

  宴の途、向かいに座った民医連の室田さん。「僕、釧路から単身赴任です。うた新は俊ちゃんから勧められて、もう長い読者ですよ」。ええっ、俊ちゃん、釧路の合唱団アンラコロの“えんきょうさん”こと伊藤俊雄さん。来月、矢臼別での北海道のうたごえの集いに釧路に行くことになっていて、昨日も私は伊藤さんと電話で話したばかり。まあまあ。室田さんがすぐ携帯で伊藤さんに電話、「あれ、なんとなんと」と伊藤さん。

  ひさしぶりのあかつき印刷世話人会で、メンバーとの交流が一層深まった。

今夜は七夕 7歳の子の短冊に「げんぱつ…」と書かせる国

2011年7月7日 木曜日

 7/18号の校正を終えて、うた新社に戻る。

  きようは七夕。新聞日付けと実際の差がどうしても出てしまうが、この号には東京・絹の道合唱団の宇佐見真梨さんの心打つ投稿を掲載した。

 先月末の東京のうたごえサークル代表者会議で、小学校の教師である宇佐美さんが、うちの学校に福島から避難している子がいて、七夕飾りの短冊に「げんぱつをなくしてほしい」と書いた、7歳の子が…、それを見て…発言されたのを、ぜひ通信としておくってほしい、とお願いした。さっそく届いた通信は胸に迫った。この他、この号は、原発ゼロをめざす7・2大集会、教育祭典の案内とあわせて、子ども・教育・地域文化の特集。ちば祭典への活気も伝えている。

  色々な人が自分の足下で見たこと、感じたことを伝えあうことが、一つ一つの問題をよりはっきり、深く心に響かせていくことをこの通信でも感じる。

「勘ぐりたくないが…」と池澤夏樹さんの指摘に、そうかもしれない、菅叩きと原発

2011年7月7日 木曜日

 あんた、何様? と怒った松本龍復興担当相の暴言、態度。国家予算は国民の税金であり、政府はじめ国の舵をとるものは、憲法にのっとって任に当たる、なんてことは、ハナから頭にない人。そんな人が国会議員、つまり選挙で選ばれることが、わからない。菅首相の任命責任も厳しく問われる。

 そう怒る私でも、最近の菅叩き、異常に激しいのは??と思っていた私。昨夜、朝日新聞夕刊の池澤夏樹氏のコラムを読んで、そうかぁ、と。

  池澤氏は、菅首相の問題は山ほどあるが、ただ1つ、浜岡原発を止めたことは評価する。今はぐらついているが、原発の再点検も。この菅首相に、財界、とくに電力会社からの圧力がかかっているのではないか、こうなったら反原発を掲げてとことん倒れるまで闘え、という。

  そこで思い起こすのは、鳩山前首相の退陣。自民党政治に怒った国民の「変えたい」という意の流れで民主党が政権をとり、違う対応が求められ、沖縄基地問題も踏み込んだ。結局そうなると困るアメリカと財界が鳩山降ろしに出た。

 言うことを聞くはずだった菅が今度は原発。それも困ると菅叩き。

 季刊「日本のうたごえ」№151で畑田重夫氏が指摘していた、財界とアメリカによる政官財学報は、電力会社もしかり。学校には電力促進の指導要綱もあるという。ここらで本当にこの流れを断ち切りたい。

レコーディングコンサート&交流会へ

2011年7月4日 月曜日

20110707いわて銀河鉄道で滝沢村へ 265人の大合唱「ふるさとの山影」
in岩手・滝沢、八幡平

 

 7月2、3日は岩手で、東北のうたごえCD「ロシアのうた」レコーディングコンサート&交流会へ。東北のうたごえ交流会は久しぶり。前回のしっかり感じたとことん歌って飲んで充電する東北のパワー。

20110707滝沢村チャクチャグホール 今回は、2日朝10時から、滝沢村のチャグチャグホールで6団体による岩手の合唱発表会と午後からは東北6県のうたごえによるCD「ロシアのうた」レコーディングコンサート。その後は、八幡平ロイヤルホテル(リッチ!)に移って大交流会。

20110707レコーディング福島 レコーディングはこの1年余の準備、その間のあの大震災、それらを超えて集った各県演奏は、まさに格別の趣・想いが伝わってきた。だれもが言っていたが、今も放射能汚染の不安にさいなまれる福島の「仕事の歌」は、特に心に響いた。〽死んだ親が後に残す宝物は何ぞ…、現状を思えば、この歌詞が深く心に響き、〽さあみんな 前へ進め!…では、地震・津波・放射能の三重の被害から、それでもと乗りこえる心を押す。その響きをずしんと受け止めて聴いた。

20110707265人で「ふるさとの山影」 東北6県265人の「ふるさとの山影」。それは静かに深く、そしてダイナミックに響き渡った。

 265人がステージに回ったら、コンサートと言えども客席は…と見渡すと、これが結構うまっているのにも感嘆。

 

20110707大交流会20110707山形センター合唱団のおはこ 「ズンチャッタバンチャッタ」 大交流会も200人近くが参加し、ホテルが用意した「まげねど 東北のうたごえ大交流会」の看板も立派。レコーディングも無事終わり、とことん飲んで歌って…。

 

                  福島の話を聞く会

  

 大交流会、中締め後の後、“とことん歌う会”と“うた新フォーラム”の企画。この雰囲気で“うた新フォーラム”開催なんて、まったく空気が違う。無理。

 でも、せっかく来ているのだからという想いと、「福島の話を聞きたい」という想いから、常任委員の木村泉さんと相談して、「“すみえの部屋”で福島の話を聞く会」に借り換えた。

  それでも、みんな楽しく飲んで歌っていたいだろう、何人来るかしら、と思ったけれど、「やはり、福島の話を聞かないと」と思う人たちが次々に来室。

20110707福島の話を聞く会で佐藤陽久さん  身につけているというガイガーカウンターを見せながら話す佐藤陽久さん。子どもたちを被曝から守るための「ふくしま集団疎開裁判」を語る渡辺ルリ子さんら、福島のメンバーからの話は、やはり違った。ますます、危ない原発、この事態からどう対処していくべかを、国をあげて考えていく緊急性が実感として迫った。  夜中1時半、もはや私もギブアップし、会は閉じたが、何人かはそれからまた三次会へ、いやあ、タフだ。

 

                   震災復興支援
       「まず、この場に来ることから」と奈良の上殿紀久子さん

 

20110707奈良から上殿さん  「私、震災以降、鬱になってました」。奈良のうたごえの上殿紀久子さんが、8時間かけてこの交流会へ。阪神大震災の時は、現役で勤めていて、奈良から復興支援に自らも仲間も送り出したが、今回は遠く、しかも退職していて大惨事を知っても自分にできることは…と悶々とする中でだんだん鬱になってしまった。そんなとき、「うたごえ新聞で、レコーディング、東北交流会を予定通り開催するという東北のうたごえの記事を見て、まず、そこに参加して、みなさんの顔をみて、声を聞いて、と思いました。来て良かった…」とレコーディングコンサートの感動を語る交流会最後の上殿さんのことばは、大きなエールになったと思う。

盛岡のかぐや姫

2011年7月1日 金曜日

 明日朝10時からの岩手の合唱発表会、つづくCD「ロシアのうた」レコーディングコンサート&東北のうたごえ大交流会に向けて、1日夜、盛岡入り。

 CD「ロシアのうた」は、北海道合唱団の5月の音楽会と、明日の東北6県のレコーディングをあわせた一枚(9月1日)。北海道からもこのレコーディング立ち会いと東北交流会に5人が参加。そのうちの北海道合唱団の大塚園子さんと佐藤みどりさんが朝、北海道を発っている。夜、盛岡で合流。

20110707お店かぐや姫の入口で 寝る前に近くで軽く一杯、と盛岡の駅前あたりの居酒屋を物色。地元に明るくないとなかなか見つけられないもの。「ぼっちゃん」というお店があった。外からのぞくとじっちゃんばかりみたい。うろうろ、うろうろ、するとなんと駅前に落ち着いた風情の“おいしい地魚”と銘打つ「かぐや姫」というお店があるではありませんか。ここだ!と竹格子の店に入る。と、と、と。

 目はばっちりとつけまつげ、おへそだしロックのかぐや姫たちが「いらっしゃいませ」。なんだか変。テーブルに着いて注文をして、あたりをみまわすとお客は全員、男性。

20110707お店かぐや姫の前で 「あのぉ、女性客は…」とかぐや姫様に聞くと「たまにいらっしゃいますよ」と笑顔。ますます場違い?! よーく見るとテーブルにはあやしげなご案内…。私たちはゲラゲラ笑って飲んで…。こんなお店があるんですねぇ。発見です。

「太平洋序曲」

2011年7月1日 金曜日

納得!横浜まで観に来て良かった!
宮本亜門演出、ミュージカル 「太平洋序曲

   昨夜6月30日、横浜で、ステーィブン・ソンドハイム作詞作曲、ジョン・ワトソン台本、宮本亜門演出のミュージカル「太平洋序曲」を観る。

  木曜日の校正を終わって、19時スタートの終演は21時半、けれどけれど、幕末開国を迫られた日本を描いた作品。物語の骨格の確かさと演出の巧みさ、笑らせながらしっかり、アプローチし、何度も思わず拍手してしまう展開の巧み、多彩でしかも音楽がふんだんに語り、無駄を排したしたもスペクタクルな演出、最後は東日本大震災を踏まえた今、生き方を問う。これが宮本亜門の演出、と感嘆。

 初演は原作はブロードウェイで1976年という。その時にアメリカでこんな作品が生まれていたことにも驚く。これからオン・ブロードウェイを席巻しただろう。そして今、宮本亜門によって時代を加味した演出。10日ほどのロングラン、この日もほぼ満席だった。それだけ人々を魅了する作品、提出はかくありたい。宮本亜門氏にインタビューしたい、と思った次第。