2011年6月 のアーカイブ

「4つのビジョン」活躍!

2011年6月27日 月曜日

20110626サークル代表者会議で  6月26日、東京のうたごえサークル代表者会議に参加。「うたごえ新聞の読者を増やしましょう」、という議題があると聞けば、はせ参じます。

 33人が参加の会議は活発だった。「自己紹介は一言で。論議の時間をとりたいので」という司会者のことばもなんのその。みなさん熱く近況や想いを語られました。これはこれでとても参考になりました。

 たとえば、日本のうたごえ祭典inちばにむけてのとのくみ。うちは「Great Journey」を、うちは「あの空へ…」と「人間の歌」を、「風雪」を、女性のうたごえのステージを、と千葉への熱いウエーブ。これはうたごえ新聞でも伝えなければ。

  そして、会議では、うたごえ新聞読者拡大では、6/20号に掲載の、新読者拡大本部長田中嘉治氏の「読者拡大 4つのビジョン」が拡大コピーで配布されているではありませんか。頼もしい。

 6月22日の、千葉のうたごえ・うたごえ新聞読者拡大推進チーム“ミルフィーユ千葉”(ミルフィーユ。フランス語で、千枚の葉、千葉、千人の読者というすごい深いネーミングなのです)の会議でも、チーフの片桐礼子さんはこの紙面をコピーして、みんなで読んでから開始。

  すわっ、こちらも元気に。会議は、やろうじゃないの!  と。

千葉の北部をぐるっと回る

2011年6月20日 月曜日

千葉は広い、野田、佐原、犬吠、旭を探訪
       伊能忠敬の佐原、大原幽学の旭

 20110629鎌倉あじさい 20110629鎌倉円窓
  佐原の菖蒲、鎌倉の紫陽花も見て、6月も終わる。

 今月は、ちょっと楽しい旅をした。6月17、18日、千葉の北部をぐるっと回る野田、佐原、旭、銚子・犬吠埼へのトリップ。

20110629千葉全員で 「みなさんはどんなお仲間なんですか」、貸し切り状態になった犬吠埼のペンションの奥さんが聞く。そう、メンバーは哲学者の山科三郎先生、千葉短期大学名誉教授の中村行秀先生、東京公務公共一般労働組合中嶋祥子委員長と副委員長の小林雅之さん、同じく公共一般の伊藤和己さん、椎名街子さんと、なぜか私。

 公共一般の“大塚のうたごえ酒場”、椎名さんが団長のコールラパス、民主文学萌葱と幾重にも重なり合っている一行。

 東京公務公共一般が毎年夏、民衆の闘いにまつわる地を訪ねる旅行をしており、今年は野田(野田醤油争議)と江戸時代に現代で言う協同組合を作った大原幽学の旭、伊能忠敬の住まい跡佐原、“地球の丸く見える丘”の銚子がコース。本番は8月だが、今回はその下見で私は着いていった。

 

                  千葉の地図がやっと頭に

   運転手は伊藤和己氏。2008年日本のうたごえ祭典in東京で、闘う青年ユニオンの歌「ありがとう」の作詞者。実は彼、この旅行の帰りに私に、昨年の旅・御巣鷹山で、日航機墜落事故犠牲者の骨を拾ったと言う。(これもいずれうたごえ新聞で紹介しなければ。なぜなら彼が、日航の闘い支援の歌『あの空へ帰ろう』にとりくむ想いと重なるのだから)

 その伊藤君が運転しながら言う「ゆうべ、あらためて千葉の地図みたんですよね。今回僕らが行くところは千葉の地図で3分の1上の方で…」のことばに、私もそう。野田の位置、井上ひさしの「千四千万歩の男」で読んだ伊能忠敬の佐原は…と位置を頭に入れたしだい。

  今回のコースは、今年の日本のうたごえ祭典inちば、に向けての“ちば度チェック”にもあったから、興味津々。

 

                    大企業の教育宣伝活動
                    野田醤油の興風館

   最初に行ったのは野田ここでは1927年(昭和2年)9月から翌年4月まで8カ月にわたる、戦前最長の野田醤油争議ストライキがあった。

20110629ピアノの弾く小林さん  争議の詳細は本番として、今回は18世紀にその野田醤油を興した茂木佐家の大正期から昭和の旧宅(有形文化財)を観る。庭園、茶室、畳廊下、“市民のつどいの場”には、出始めた頃の大きな円盤のオルゴール、ピアノは自由に弾ける。ピアノに向かう小林さん。中嶋、小林両氏は作詞作曲もし、コール・ラパス今年の合唱発表会演奏曲はふたりの創作による新曲とのこと。

20110629興風館外観  今もある学校にも“キッコーマン”亀の印章が。いかに野田で野田醤油は大きい存在だったか。レトロな興風会館の建物。ここで会社は音楽やダンスを通して社員を“教育”したという。…。

 

                    菖蒲が美しい佐原
                    伊能忠敬記念館前の町並み

 

20110629千葉復興観光ポスター  次は佐原の伊能忠敬記念館へ。前に流れる川には菖蒲が咲き、両端の木の囲いと橋が美しい町並み。菖蒲だが“あやめまつり”という。佐原は造り酒屋の街。酒蔵を見せてもらい、試飲もでき…。

  しかし、町並みの屋根にはビニールシートと石。この前の大地震での被災である。やはり、“東日本大震災”だ。「震災復興に観光を」、そうだ、と支援のお酒を買い込む。

 

                    “地球の丸く見える丘”
                      銚子

   犬吠埼の近くで一泊して、灯台へ。椎名さんがさっそくスケッチ。本当にみなさん多彩。

  “地球の丸く見える丘”へ。どうしたら丸く見えるの?  要は360度、太平洋から富士山、筑波山…、見晴らしがいいということで。360度は自分でぐるっとまわること、でした。

 

                      日本で最初の協同組合をつくった
           大原幽学

20110629大原幽学   旭市では大原幽学記念館へ。大原幽学、実は私は初めてその仕事を知った。江戸後期の農民指導者。にわか勉強をすると、米が獲れず重税に苦しむ農民に、幽学は諸国を学び歩いて得た知識から下総長部で、農民たちに有効な耕作、助け合いの村づくり、獲れた米から共同出資の共有財産を作り、株組合を結成していくことを教え、やがて村は潤い、そのしくみは隣、さらに隣の村へと広がっていった。

 農民は幽学を慕い、集い、学び、助け合って耕作する相談会ももった。それが徒党をくむことを嫌うお上の目にとまった。お上は今でいう暴力団を使わしても20110629記念館がある旭町長部め事をおこさせ、幽学を首謀者として捉え、8年、江戸の牢屋に入れる。その間に、農民の組合は解散させられる。牢を出て村に帰った幽学の目に映ったのは疲弊した元の寒村だった。

  幽学は絶望し、自害する。しかし、幽学の教えを受けた村人たちによって、協同組合の思想は受け継がれていく。

20110629興風館  そんな歴史を、静かに幽学記念館とまわりの自然が語りかけてくるような、旭市長部。今回、一番の出会い。これはぜひ記事で紹介したい。

 

  

                  津波に遭った旭、
       閉ざされた玄関に、置かれたランドセル

 

20110629津波が襲った旭市の海岸  旭から帰る途中、旭市椎名内海岸を走っていてみんな思わず声を上げた。海岸線沿いに津波の跡を物語る瓦礫の山。

  昼食をとった「磯なぎ荘」の主は、津波が店の一階に入ってきた、と刻々と撮影した写真を魅せて話してくれる。復旧には3月いっぱいかかったが、4月から店を開けた。幸い店の入り口が1㍍ほど高いため、浸水は一階だけだったが、付近の家々はもっと上まで水が来たという。

  昼食後あたりを歩くと、「元禄津波再来推定水位」の真新しい看板がなぎ倒され、海水浴で賑わう海岸なのだろう、休憩所の屋根も無残に潰れている。

20110629ランドセル 息をのんだのは、何軒もの玄関が閉ざされ家、一軒の玄関前にはランドセルが置かれていた。流されたランドセルに、名前がかいてあったため拾った人がこの家の前に置いていったのか、この家の人たちは…。

  やはり、東日本大震災、千葉県も大きな被災地だとわかった。

  このことも伝えなければ。

聖学院大学学長阿久戸先生に大学で取材

2011年6月16日 木曜日

  先月の、上尾市職員九条の会のつどいで講演された、聖学院大学の阿久戸学長を大学に訪ねる。講演での「今回の大震災からの復興と日本国憲法」、このお話からでも充分な内容だけれど、あの折も講演の後にごあいさつした時に話された、音楽・歌のこと、ぜひ聞きたい、とお願いしたしだい。

  話されることは軍資費より福祉、強壮より共生の社会…。柔らかな口調で心から潤いの時。お話をうかがったのは学長室、まわりは本・本・本。速読術はあるけれど、それは身につかない、これはと思う本はどっくりと。「今、はまっているのは…」と次々次々、出されるのは絵本です。「これなんか」と読んでくださる。そう、子どもの絵本は大人の心もしっかりと潤してくれる。

  取材を終えると「せっかくですからチャペルを」と案内していただく。木造りのチャペル、ここでウィンフィルの室内楽を毎年よんで公演している…、学内の池で蛍を育てて「地域のみなさんをお呼びしてホタル鑑賞会もします」…、ますますいい雰囲気。聖学院大学、埼玉・大宮の1つ先、上尾市にある。

星野村の20年前のことが~鮮明に思い出される小野寺弁護士への取材

2011年6月10日 金曜日

  本日発送の6/20号で紹介した“2011非核・平和をうたうつどい”(7月18日)実行委員長の小野寺利孝弁護士への取材は20年ぶり。東京・上野東照宮に“広島・長崎の灯”のドラマを知った時の驚き、その元となる“原爆の火”を広島から持ち帰り、灯し続けた福岡・星野村の山本達雄さんの想いをと運動する小野寺さんたちの想いに心打たれた。そして、“灯”を歌うカンタータ「この灯を永遠に」1991年星野村初演に同行、山本さんへの取材、星野村の名前の通り満天の星空も鮮明に想い起こす。

  “灯の音楽会”など何度も取材してきたが、今回初めて知ったことがあった。それは、20数年間“原爆の火”を守った山本家ではその火を奉るのではなく、朝は火鉢から竈に移し、食事をつくり、風呂を沸かしてと“生活の火”として使っていたこと。“火”が近くなった。

 今回の東電第1原発事故から核エネルギーに及ぶ自戒も含めた小野寺さんの話は、心に響いた。

山之内さん、ごめんなさい

2011年6月10日 金曜日

 やってしまった。失敗。好評の“愛唱歌世界めぐり・ロシア編”第27回は「ポーリュシカ・ポーレ」。私も大好きな曲。今回、執筆者山之内重美さんの名前を入れ忘れる。ごめんなさい。

 この連載の魅力は、歌が生まれた背景・伝承過程などを詳しく紹介する山之内さんの豊富な知識にある。

 歌が生まれた背景を知るとまた曲への想いが深まる。愛唱歌は、歌の背景より先に詞やメロディに惹かれて聞き歌う場合が多い。後で背景を知って戸惑うこともある。「収獲の歌」のように。

 普遍性を持つ内容に集約された歌詞、さらに訳詞、意訳となりり、時を超え、国を超える歌のルーツ・伝承経路を知ることができるこの連載は興味深い。毎回字数制限と格闘して執筆しての山之内さん。なのになのに、名前を入れ忘れるなんて、ごめんなさい。

牛乳1㍑捨てるこどに20円~東電福島原発被害の酪農家

2011年6月10日 金曜日

  「今、放射能汚染が危惧される牛乳は捨てるため酪農家は1㍑捨てるこどに20円を支払わなければいけない」と聞いた。生の牛乳に含まれる油は地中にしみていかないために捨てるのは業者に委託しなければならない。その費用が1㍑20円。震災被災者がその被害をかぶらされている事例はいくつもいくつも出ている。

 復興とは、「被災者が普通の生活を取り戻すための手立てをすること」。国の復興政策の第1だと思う。そのための資金は、政党助成金、米軍への「おもいやり予算」、戦闘機何機分かでまかなえる。そこには手を着けずに「復興のため消費税増税」なんてとんでもない。

 しかも今、その声が抑えられる国会議員の比例定数削減案の動き。なぜこんなことが…。それを解く講演“6・9比例定数削減に反対する大集会in東京”が開かれた。

 

               比例定数削減の動きは

 

CIMG0272 講演の渡辺治氏(一橋大学名誉教授)、「大震災後の政治の行方-大連立、比例定数削減がねらうもの-」は、財界に操られる政権、そして情報に操られる世論の実態が語られた(これまでにも氏の本や講演録にも詳しい)。

 なぜ自公から民主党に政権が変わったか。つづく鳩山、菅、そして今、菅首相もおろされようとしている動きの背景を話された。それは前に紹介した畑田重夫先生の「政官学財報」とも重なる。そして、原発問題も。

 この動きは、「政官学財報」の動きに抗する世論を広げなければ変えられない。そこでうたごえは、うたごえ新聞は…。

CIMG0250 この集会は、会場いっぱいの1200人が参加し、農民連、民医連、教師…、さまざまな分野での震災復興への具体的な活動が生き生きと伝えられ、最初に荒馬座によって演じられた「虎舞」など、活気があふれていた。

 うたごえ新聞でこの間よく登場の「虎舞」。目の前で舞われるのをみて、故事「虎は千里をかける」から、遠い海にこぎ出る三陸一帯の漁師たちの勢いと安全祈願への想いが迫力を持って伝わってきた。紙面で伝えたい。

日航を描いた小説~「時をつなぐ航路」を読む

2011年6月9日 木曜日

CIMG0223  日航の不当解雇撤回を闘う客室乗務員の一人、取材させてもらっている森陽子さんから、「この本に詳しく、私たちの闘いが書かれています」と贈って頂いた小説「時をつなぐ航路」(井上文夫、新日本出版)を読む。

 森さんが取材で語ったのはこのことか、具体的にはこういう状況が…と、小説ではあるがそれは詳しいデータのようにこれまでの日航の闘いが伝わる。まさに、森さんが言っいた「『沈まぬ太陽』が続いているのです」にうなづく。

 これを力にまた取材を続けなければ。森さんはこの間、闘争団としてILO本部を訪ねている。そのお話も楽しみにしている。

森村先生から本「サランヘヨ(愛する)北の祖国よ」

2011年6月9日 木曜日

 この間、うたごえ新聞では森村誠一先生から始まり、先生の紹介による著名作家諸氏による連続寄稿、夏樹静子さん、諸田玲子さんの「東北大震災に想う」を紹介し(このあとも続く)、好評を得ている。その森村先生から近刊の「サランヘヨ 北の祖国よ」を頂く。これも急いで読まなければ。