2011年3月 のアーカイブ

3月30日

2011年3月30日 水曜日

私のために「ソルベーグの歌」
 なんと至福の時、
アコーディオニスト・吉田親家氏へのインタビューで

20110402Accordion  この日は朝から大阪へ。まず、大阪音楽センターで、日本アコーディオン協会副理事長。今年77歳、喜寿のコンサートを開かれるアコーディオニスト吉田親家氏にインタビュー。労働組合のレクリエーション活動から習うことになったアコーディオンとの出会い。戦後の労働組合活動には必ず文化活動、リクリエーション活動が活発に採り入れられたとよく聞くがここでもその一端を知る。23歳からプロとして活動、演奏の場はキャバレーなど様々。うたごえ運動との出会い、関西合唱団のアコーディオン伴奏も(現在も関西合唱団アコーディオン研究生指導)…、50年の活動と尽きないアコーディオンの魅力を聞く。

 最後に、「何か弾きましょうか」、ええっ、なんと。そして出たメロディ、緊張していたのか、とても好きな曲だ、なんだっけ…、「『ソルベーグの歌』です」、そうそう「ペールギュント」の1曲。私の大好きな曲。ノルウェーに行った時、グリーグの博物館、北欧の湖と森の中のグリーグの作曲小屋を訪ねたこと、この曲へのグリーグの想い…。そんなことを思い浮かべながらシャッターをきり、聴衆は私一人、贅沢な一時。

 

「歌で始まり、歌があふれる
労連のつどいは初めて」堺労連今田議長

20110402ダイキン支援   夜は、堺へ。地元の不当解雇撤回を闘うダイキン工業の社員と近大泉州高校の教師の闘いを支援する“うた&とトークのつどい”を取材。争議支援に堺労連が主催して歌とトークで開いた催し。演奏には市民合唱団Peace Callをはじめ大阪のうたごえ10団体が参加。

 

IMG_4269演奏は「子どもを守るうた」「人間の歌」で、みんなでうたう会も入れられた。「歌で始まり、歌があふれる労連のつどいは初めて」と堺労連今田光俊議長が語ったつどいの内容、詳しくは近々うたごえ新聞紙面で。

 

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 この日、私は失礼ながら“オユユキ”さんという漫談家を初めて知った。しかし、その話術、内容、“ナオユキの漫談 憧れの労働三法”には抱腹絶倒しながらも驚嘆した。ことばのニュアンス、正しい使い方を笑いをとりながら鋭くつっこみ、働く者にとって労働三権がいかに大事か、を話す。その間合い、呼吸、笑いが返るタイミングと次のつっこみは絶妙。後で調べると上方漫才コンテスト最優秀賞、ABCお笑い新人グランプリ優秀賞受賞という人だった。いやいや、文化豊かなつどいでした。

マグニチュード9・0、千年に一度の大地震に? 現地報告と「原発震災」の真実

2011年3月25日 金曜日

3月25日

CIMG0110  HP「日本のうたごえ震災情報掲示板」に次々、書き込まれる被災地からの声、全国の励ましを読み、連帯の大きな力を感じる。3・11からきょうで、3/28号と4/4号の2号のうたごえ新聞発行。3/28号は、ちば祭典特集を企画していたことと急な組み替えは不可で、地震の方は第一報、まずは迅速に立ち上がった「日本のうたごえ震災情報掲示板」と全国協議会の募金のうったえを。その次の4/4号は東北各県にメールと電話取材で伝えた。

CIMG0071 仙台合唱団の珍田洋子さんが事務所につめていてくださって、こちらもとても心強いが、珍田さんはマンションから避難所で寝泊まりされている。今は気が張っているけれど、早晩来る疲れとこれからの不安。そしてきょうの石垣就子さん(宮城・教職員サークル)の掲示板の「大川小では児童100人、ほぼ全員の先生が亡くなる…」に、ことばなし。日が経つに連れて悲惨な現実がわかってくる。

 「掲示板」のあべじゅんさんの「風評被害…」、これも私たちは正しい情報と判断をしなければ、その材料を仕入れなければと思う。

CIMG0140  23日夜、フォトジャーナリストの広河隆一さんと、原発問題の研究家でこれまでも警鐘を鳴らす著書も多数出している広瀬隆氏の緊急報告会があり、取材に出かけた。200人の会場に補助椅子を出す参加者が、固唾を呑むように2時間、二人の報告を聞く。

 まず、広河氏。氏はチェルノブイリ原発事故被災者で歌手のナターシャ・グジーさんが「日本のお父さん」と言う人。30年近くチェルノブイリを撮影しつづけ、原発事故後も周辺写真を撮りながら原発の危険を訴え、被災者救援活動を行っている。ナターシャさんの才能を見て、日本での活動を勧めた人。

 その広河さんは今回もすぐに被災地に行き、撮影している。福島の原発近く、入れるぎりぎりまでいったが、持参したガイアカウンターの「針が吹っ切れました」。そして広瀬氏の話の中には、「東電と政府の“大丈夫”はうそ」「千年に一度の大地震はうそ、関東大震災は、その前には…」、さらに「マグニチュード9・0はうそ」と。ええっ。

  「福島すべてが危険というのもうそ。風評被害は止めよう、ただし、被災者救援とと共に天災の震災と、人災の原発事故をはっきり区別し、正しい情報をきちんと伝えることが東電と政府に今一番求められる」、と広瀬氏。

 それにしてもマグニチュード9・0のうそは、なぜ。くわしくはうたごえ新聞4/11号で。

はじめて体験する強い揺れ 東北のみなさんが心配

2011年3月12日 土曜日

 3月12日

 きのうの昼、「あっ地震だ」と石川記者が言った時は、微震だったのが、すぐにダダッという感じで揺れが来て、それが加速。長い、音楽センター会館のみんな駐車場へ逃げ出す。周りの家の窓ガラスが強風にさらされるようにものすごい音を立て、電柱がぐらぐら揺れ、駐車場の車が跳ねている。

 収まったと思う次、また次。テレビでは東北地域の地震とその後、町中、家も車ものみ込んでいくむすさまじい津波の映像。

 東京も、都内在住者以外は帰れなくなった。都内だが鏡記者は家に着いたのが午前2時とのこと。私は歩いて帰る。マンションに着くとエレベーターは止まり、歩いて9階へ。ドアを開けると、食器や本が散乱。とにかく歩くところをつくって一段落するとガスが止められている。また、歩いて1階の管理人さんにガスをあけてもらいに行く。(14階まであるマンションの管理人さんはこの日、何往復したのか)

  夜9時半まで通じた携帯電話、メールに家族や友人から心配の連絡をもらう。阪神大震災の被災神戸からの電話に、あの時は…と。

 東北、茨城、太平洋沿岸ではひきつづき津波の心配がある。連絡はつかない。小林康浩さんの小沢事務局長のブログへのコメントで無事を知る。東北のみなさん、連絡お待ちしています。

「命に国境はない」

2011年3月11日 金曜日

  3月11日。3/21号、刷り上がり、発送。今号メイン記事は、先月の日本のうたごえ全国協議会総会記念講演、高遠菜穂子さんの「命に国境はない~イラク戦争とはなんだったのか?~」の抜粋紹介(全文は4月中旬発行予定の季刊『日本のうたごえ』№152で)。 

 うた新で集会できるスペースは全体量の5分の1弱。削っては字数計算、削っては計算のくり返しで、定稿時間には日付けが変わっていた。でも、それだけよく読んだわけで勉強にはなりました。「命に国境はない」このことばは深い。

 そして本日、高遠さんの近刊「破壊と希望のイラク」(金曜日刊)が送られてきた。ああ、もう2日早ければ! いやいや、そうなったらまたまた大変だったかも。

「君が代」処分取り消し 逆転勝訴

2011年3月11日 金曜日

  今朝の「しんぶん赤旗」の1面。司法の判断力にホッと。

  3/21号3面、4月の足立ピースフラワー合唱団・詩人門倉さとし追悼演奏会の紹介で、団指揮者、初演作品「青い目の人形物語」作曲者の丸山征四郎さんのお話、「今、“無縁社会”などということばが使われているが」から「今、学校、強制して歌を歌わせ、歌わない教師を“処分”するなど、まるで戦前のよう」と「君が代」裁判の話になった。「本来、人間はつながりあうもの。“無縁社会”に抗して歌で人の心と心を結び、作られた無縁社会を打ち破っていきたい」と話された。判決は、つながりあう本来の人間の姿。

ちば祭典での出会い 千葉県合唱連盟粕谷宏美理事長にインタビュー

2011年3月10日 木曜日

  3月10日(木)。いつもより1時間半も早出。千葉の都賀まで。今年の日本のうたごえ祭典inちばの大音楽会プログラム、「Great Journey」の合唱指導をお願いしている千葉県合唱連盟理事長の粕谷氏へのインタビューに、塙治子祭典運営委員長と出かけた。終始物静か、ていねいにな口調で、合唱の魅力を語っていただいたが、最初に「うたごえと合唱連盟の違ってなんでしょう」と逆質問。おっとー。 祭典開催を機に生まれた県合唱連盟とのつながりを大事にしたい。

うた新フォーラムin青梅 歌と話と芋煮会と

2011年3月7日 月曜日

20110306うた新祭り 3月6日(日)。新宿の自宅から電車を乗り継いで約2時間(東京も広い)、青梅の釜ヶ淵公民館で東京の“うた新フォーラムin青梅”が開かれた。三多摩のうたごえメンバーが、昨年の中央区うた新フォーラム(築地で、築地移転問題のお話と築地のお寿司)のスタイルなら青梅でも、と企画された。

20110306多摩川  青梅駅に降りるとなんとなく梅の香りが。近くに有名な梅園もある。

  プログラムは、うたう会、合唱発表、多摩川流域の自然を愛し活性化をと取り組まれている“多摩川フォーラム”のお話(この運動には谷川俊太郎作詩、寺嶋陸也作曲の『多摩川の歌』も作られている。みんなで歌う)、そして私のうた新の話。その後は芋煮会で食べて歌って、「青春」を歌って踊って。

  私の話は日航取材の話を中心にさせてもらったが、故林学さんが30年近く前、私に言ってくれたことば「『闘うわれら』のあの一行一行のような、心にしみることばを紡ぎ出して記事を書けよ」を紹介した。

 参加者50人、芋煮会用の芋の皮むきは朝8時集合だっとか。準備と企画、主催のみなさん、本当にありがとうございました。夜は見晴らしの良いところで、地元の「澤乃井」を堪能しました。

小さな体から溢れるエネルギー カナダに行ってみたくなった大貫綾子さんにインタビュー

2011年3月5日 土曜日

3月5日(土)。「エネルギュッシュな大貫綾子(りょうこ)さんへの取材をぜひ」。昨年に続いて合唱団白樺の井藤綾子さんの紹介で会った大貫さん。

 公園の水道の蛇口さえ、子どもや車いす用の高さと大人の高さがあるそんなカナダにあこがれ、飛び込み、一から英語を学んで今は、保育士として移民・難民支援の活動をしている。その果敢なバイタリティを支える一つが歌だった。ヒロシマ・ナガサキが語り伝えられるカナダでいつか友人の佐々木祐滋さん(『INORI~祈り~』作者)のコンサートをしたいと言う。取材が終わった頃は夜だったが、心は明るく帰宅した。近くうた新で紹介。

「闘うわれら」の中島修一さん

2011年3月1日 火曜日

20110325中島さん  最近の紙面によく出てくる歌に「闘うわれら」がある。3/14号は4面に2カ所、8面闘う日航支援のなかでも。3/21号は「私とこの歌」で国鉄横浜うたう会の羽室弘志さんが、「この歌」に採り上げている。

  「なんか意識してる?」と作者中島修一さん。合唱団TOSEI、前身の東部青年合唱団時代からうたごえ歴45年。先月で音楽センターを退職し、引き継ぎ期間中で来ている昼休みでの会話。本当に偶然です。30年前に作られたこの歌の普遍性・力を思う。