2010年9月 のアーカイブ

うわっ、あふれる…!  日本のうたごえ祭典in長崎 祭典前最終号

2010年9月29日 水曜日

 うわっ、あふれる…。祭典全体の観客席がこうでありますように。

  日本のうたごえ祭典in長崎まであと2週間。うたごえ新聞は昨日夕、日付けでは祭典前最終号となる10/11号入稿完了(日付けの2週間前なのです)。

  あふれる…は、今祭典の合唱発表会とオリジナルコンサートの全出演団体掲載枠のこと。団体数は例年とほぼ同じだからと概算したのが大きな間違い。団体名が長いと2団体分のスペースをとる。加えて今回はオリジナルコンサートの出演も詳しく紹介されて…。審査委員紹介の枠がなくなってしまった。

  それにしても、全部門合わせると40人余の審査委員の先生方。お一人お一人の肩書きを入れると…。とても入らない。まっ、いいか。当日の祭典プログラムをご購入いただいて、ということに、する。

  今回は、なんと  出演順で掲載、大きくぜんしーん!

  さて、次のしめきり(土曜日)は、祭典当日会場配布号、フロントカラーの12ページだて。これで一挙に“千羽鶴”達成へ!といきたい。

華麗、ダイナミック、深い響きに酔いしれた~合唱団白樺60周年記念演奏会

2010年9月27日 月曜日

先週土曜日、9月25日は、合唱団白樺の60周年記念演奏会へ。

 一週間前には、東京文化会館大ホール2300席余を埋めてしまっての演奏会。白樺60年の歴史は厚い。それは演奏も。まず、華麗。「野に立つ白樺」の舞踊と歌に始まり、コサックダンスもひさしぶりにみるが力強く若さと躍動感。ロシア音楽の世界を醸し出していく白樺の合唱。

 ゲストと共にでは、バラライカの北川翔さんとアコーディオンの太田智美さん。お二人とも私は取材させてもらっているが、北川さんのあの華奢にみえるバラライカの音が大ホールを走るのには目をみはる。太田さんは演奏する姿からもオーラが。大器を感じた。ふたりのアンサンブルが1曲だったのは残念。もう1曲でいいから聞きたかった。

  つづくビッグゲストは、テブリン指揮、国立アカデミーロシア合唱団。50人の演奏が心の奥深くにしみわたった。ずーんと倍音が這うように響きわたり、これぞロシア合唱団、と堪能。アンコールの「さくらさくら」の見事な音色。

  白樺とロシア合唱団合同の「母なるヴォルガを下りて」では、かつてヴォルガを渡った時のあの風景が思い起こされた。

 そして、この日のメインの一つ、井上鑑氏の編曲による新版ロシア民謡メドレー。井上氏はステージで、「ロシアの音楽というと、行き倒れ、古びた馬車…というイメージだが、ロシア音楽の持つ素晴らし音色を明るく若い世代にもと編曲した。モスクワ合唱団の『さくらさくら』を聴いて、今回自分のやったこともこういうことなんだと思った」と語られたが、納得。

 ロシアの響きに大満足し、雨上がのさわやかな上野の森の風に吹かれて帰った。

20100928白樺01 20100928白樺02

合唱って無限 「をとこ・をんな」~合唱団るふらん 演奏会

2010年9月25日 土曜日

 24日は、栗山文昭先生が指導される15の合唱団の一つ、25年になる女声合唱合唱団ふるらんの「るふらん 25歳-あのときの手紙-」を聴きに、第一生命ホールへ。

  季刊「日本のうたごえ」に連載をしてもらっている栗山先生。その精力的な演奏活動にはほとんど驚嘆。その一つ、日程がとれ、出かけた。

 西村朗、武満徹、新実徳英作品の第1部、第2部は団員人の一人がが手紙を読みながら三善晃作品で構成。特に印象に残ったのは第1部の新実作品「をとこ・をんな 女声合唱・三絃・コントラバスのために」、詩は吉原幸子で、「をとこ-「愛のコリーダ」に-」「をんな」からなる。

 3つの音が描いていく物語に、やや身を固くしながらもどんどん引き込まれる。こういう曲を探し、とりあげていくこと自体に私は驚嘆。第2部は演出もつき、それぞれの「25歳」の時を語りながらを演奏していく。この構成、プログラムの仕方に興味深い。

恒例の“京都のうた新まつり”

2010年9月24日 金曜日

       今年は長崎からも参加?!

 あと21日に迫る日本のうたごえ祭典in長崎。祭典と“千羽鶴キャンペーン”(祭典までに千人の新読者を持って集おう!)”成功へ、昨日9月23日は、神奈川、奈良、京都で一斉にうた新まつりが開かれた。

 20100924練習会京都は毎年この時期恒例の開催で、編集・取材の話をしに私も毎年楽しみに参加している。今年は西陣文化センターで1時開催の前に、朝10時から、日本のうたごえ祭典・合唱発表会に出演する“Nichiutaの風合唱団”練習も行われた。その様子も拝見しよう、一年前は…、京都での日本のうたごえ祭典直前だったなあ、などと思いつつ、練習場入り口に着くと、「水田さんが来てはんねん」。京都うたごえ協議会事務局長、本紙京都支局長の竹内正彦さんがニコニコ。

 

       祭典企画委員長水田さん 夜行で京都・長崎往復

   えっ、長崎から?! 覗くと合唱隊のなかでしっかり水田さんが歌っておられる。2週間前、長崎でお会いしました。水田さんは、日本のうたごえ祭典in長崎企画委員長、民謡の指導者でもあり、この日は祭典合同演目「稔りの御神楽」の練習指導で来京。

 「来られるならこんなんもあります」と竹内さんの案内で、昨夜、夜行バスで長崎を発ち、朝9時に京都駅着。西陣文化センターまで1時間歩いて到着とのこと。“Nichiutaの風合唱団”の練習から、うた新まつり、その後「御神楽」の指導をして、また7時過ぎ夜行バスで長崎へ。長崎のメンバー、本当に奮闘。

  この間、うたごえ新聞には毎号のように水田さんと指導の“岳童太鼓”の子どもたちも登場。その長崎からの参加、さらに長崎はこの1年で読者3倍加である。まつりは大いに盛り上がった。

 

         大・天ぷら&ソーメン~うた新ふぁんクラブ《中々の会》女性陣お手製

 

20100924いも “Nichiutaの風合唱団”、指揮は舞鶴くろしお合唱団の齋藤きよこさん。府下のメンバーならだれでも参加できるこの合唱団で今年、舞鶴で開催した港湾のうたごえ祭典の運動も一緒に長崎へ、と京都の運動を感じますねぇ。

  例年は、京都のこのまつりは外でバーベキューをしながら行われる。

 今年も鴨川出町の三角州公園が会場だったが、前日からの雨で、京都市内のサークル・合唱団の練習場と洛北青年合唱団の事務所がある西陣文化センターでの開催となった。バーベキューの代わりに、写真のように、うた新ふぁんクラブ《中々の会》女性陣お手製のごちそうがずらり。「私はそーめん40束ゆがきました」「さつまいもを揚げました」「私はタマネギを」「私はなすを」「えびの殻をむくのは大変でした」、「私は茗荷を刻みました」…、みなさんのご労力の賜、たっぷりのおいしい天ぷらとソーメンに感激。ビールも残るほどたっぷり。

20100924練習会0420100924練習会02  みんなでうたうコーナー、南京玉すだれの妙技、私は長崎にちなんでの取材と裏話(けっこうみなさん真剣にきいていただき感謝)。そして、大いに盛り上がる福引きは祭典記念グッズ、大音楽会チケット、参加費2000円サービース等にわいて英気を養った、のでした。

「原爆を許すまじ」の作詞者 浅田石二さんにお会いしました

2010年9月20日 月曜日

 「原爆を許すまじ」が誕生したのは…

  2/1号のうたごえ新聞1面で、「えっ、『原爆を許すまじ』ができたのはビキニ被災の前だったのですか」。私もそれまで読み聞いていたのは「ビキニを機にできた」だったので、これは大いに驚きました。しかし、「1953年8月6日に広島で演奏」と記録を見せてもらい、そうなのだ、と。

 ところが、9/20号6面に掲載の、「1949年頃、『原爆を許すまじ』を歌いました」の一行に、「ありえなーい」と反響次々。

  その一つにメールで「1949年、これは編集部が校正で気づくべきでした。1953年ですものね」と返信すると「いや、1954年です」と資料も送ってもらう。またもや???

  こうなったら、作詞者がおられるのだから直接聞こう、と初めて作詞者浅田石二さんに連絡する。電話口の浅田さんはとてもやさしい口調で話され、なぜまた?とも言われた。こうなったら、つくろえない。かくかくしかじか。

20100924浅田石二さんでは、と20日、渋谷でお会いした。       

  もう、“ゆるぎない事実”を聞く。そしてこれまで疑問だったこと、なぜ「三度なのですか」「白い花とは」…と聞く。浅田さんは「原爆は二度です。もちろん水爆実験の被災は意識していますよ。でも原爆は二度です。三度許すまじです」。「白い花は、夾竹桃です。ですが、名もない野の白い花を重ねました」…、この際聞いたこの歌にまつわるお話…。うたごえ新聞をご期待

 もとは最初に私が作者にあたらなかったミスです。ですが、被爆65年に、この歌のことを作者の話からきちんと伝えられて良かったと思う。

長崎取材の巻

2010年9月15日 水曜日

  日本のうたごえ祭典in長崎も、開催まで1ヶ月になろうとしている先週末、事前報道のための取材で長崎に行った。

 

      諫早・海上デモ、
  うたごえも太鼓、「干潟の海の詩」もテープで

 

20100917諫早海上デモ01 まず、取材開始は今週の金曜日に発送する9/27号の1面に紹介の諫早の海上デモへ。諫早干拓事業で閉められた水門によって漁獲量の被害が広がり、漁民は生活がたちゆかない、市民は海の幸が得られない、加えて大きな自然破壊と言われている。

 朝、長崎センター合唱団の宮崎実さんの車に乗せてもらって諫早へ。長崎市内から1時間半。潮受け堤防の水門に到着。10時すぎからの海上デモを迎える岸からの応援、大漁旗や幟を立てて準備が始まり、その間「干潟の海の詩」が流される。

  海を見ると漁船はまだ5、6隻だったが、やがて次々と船が、その漁船の数、デモが始まる時間には300隻と聞いたが、それは壮観。写真と取材は紙面で。

  うたごえ新聞社もヘリが飛ばせたら。なんせ海面にビニールシートをはり、そこに「被害知れ 即時開門」の文字があったのだか(翌日の地元紙で知る)、陸からは見えない。

 

              長崎はラストスパート

 

  それにしても長崎のメンバーはフル稼働。この日、祭典事務局メンバーは帰って会議、午後4時からは長崎市役所の記者クラブで記者会見、夜は池辺先生の祭典合同レッスン。翌日昼は、中央橋での街頭宣伝。いずれも同行取材、その他、被爆者谷口稜曄氏、大塚一敏氏、合同レッスンでは千々岩秀夫祭典実行委員長、祭典合同練習指導者加藤豊氏らに取材させてもらった。

 

              息をのんだ 被爆者谷口稜曄氏の話

 

20100917谷口すぎてるさん  海上デモの後、午後は、平和公園の原爆平和祈念像の隣にある被団協の事務所に谷口稜曄氏を訪ね、インタビュー。谷口さんのことは、写真で、活字でしか接していない。だが、眼光鋭く、NPT・NYでの発言も力強く、重く受け止めた。その谷口さんが目の前に…。思いの外、小さい声のやさしい語り口調。両肋骨の下あたり、黒い傷痕を示して、「今も原爆がつづいてる」と語られ時は息をのんだ。

 取材に同席していただいた祭典運営委員長の田中實さんとは「實さん」「谷口さん」と呼び合う、長いおつきあい。原爆青年乙女の会を立ち上げたときから合唱構成「平和の旅へ」のモデル渡辺千恵子さんとは一緒に活動されてきたお話も聞かせてもらう。

 

               明るい祭典事務所、ケーキがサッと

 

20100917うた新の訴え  取材を終えて、長崎の祭典事務所へ。市電の「賑橋」下車すぐ。目印は長崎銀行向かいの三浦ビル。明るい事務所で隣は新婦人の事務所。祭典事務局次長森川恵美子さんは新婦人コーラス“花の輪”、両者のいい関係。ちなみに、祭典で歌われる合唱曲「干潟の海の詩」は、長崎の新婦人25周年記念として新婦人の会員池田アヤ子さんの作詞。うーん、いい関係。

 おいしいお菓子を見つけるのも作るのも好きと、「待っとるけんね」(8/23号)でも自己紹介の森川さんからサッとケーキが。感激。

 

                記者会見、記者の質問に興味津々

 

 そこから歩いて、長崎市役所へ。市役所の中にある記者クラブで祭典の記者会見に同行取材。

 新年号取材の時も長崎市役所に行っているが、この日は少し早めに行ったため、ゆっくりロビーから中を見渡すと「原爆対策相談室」、ここは長崎、を思う。  各社記者が詰める記者クラブで会見開始!

 「祭典運営委員長の田中(實)です」、「事務局長の田中(和史)です」、「企画事務局長の田中(康)です」、なごやかなムード。

  記者各位の質問に、私は興味津々。(紙面参照)でも、「平和の旅へ」はどんなふうに演奏されるのですか、「ナターシャ・グーシーさんと歌う『あの子』とは」という質問に、また長崎だ、ここは。

 新年号にも登場していただいた田上長崎市長は祭典も積極的に尽力いただいているが、この日は市議会本会議の真っ最中でお会いできなかった。でも、帰りに副市長さんが「祭典のチケット買っています」と言って下さった。

 

               元気かつ充実、池辺先生の合同レッスン

 

20100917池辺先生からの指導  一度ホテルに戻って今度はブリックホールでの池辺先生の祭典合同曲〈Great Journey〉、「一本のペンで」の合同レッスン。

  作曲者自らの指導は、すごい集中力で180人の合唱を作り上げていく。2時間半、その間の休憩はほんの少し。

20100917池辺さん 記者会見の長崎市役所で会った時、実は先生が8月末、韓国での「悪魔の飽食」公演の直前に鼻血が出て、救急車で病院に行かれたと聞いていたので、「大丈夫ですか」と聞くと、「ハナチにならないね」。出たー! 大丈夫、元気みたい。 「年金と楽譜はキュウフが大事」「明日(アス)ベストはだめ」その他その他、こちらの方もいつもの調子。

 

                元気といえば田中運営委員長

 

 元気、と言えば田中實運営委員長。御年80歳とは思えない、軽い身のこなし。バイクに乗り、最近パソコンも新しくされた。カメラと荷物を抱えている私を見るとすぐに「持ちましょう」と言われる。なんとダンディな対応。でもですよ、80歳の大先輩にそれよりはずっとずっと若い私、逆でしょ、荷物を持つのは。

 

                「1945月8月9日は被爆の始まり」被爆者大塚一敏さん

 

20100917長崎チラシ  そして、翌日は、被爆者で合唱構成「平和の旅へ」をつくるきっかけのお一人、大塚一敏氏に取材。被爆直後の話、そしてこう言われたことばが深く心に残った「被爆者にとって1945年8月9日は、“被爆”の始まりです」。

 その大塚さんが、祭典チラシを手に「このプログラムを見た時、長崎刺繍を思い浮かべました」。長崎刺繍とは幾重にも織りなす刺繍で長崎の文化財とのこと。

(詳しくは紙面で)

 

  その後、中央橋での祭典街頭宣伝の取材。子どもたちの太鼓や「御神楽」は今回も道行く人の足を止めた。

 

               私の長崎ガイド

 

  市電が安くて便利。

20100917出島の市電さるく 長崎に着いたら長崎駅にも空港にもホテルにもある、無料観光ガイドブックは必携。このなかに地図と市電路線図があり、これさえあればどこへでも。市電は120円でどこまでも行ける。確か一日券を買えば500円だったか、乗り放題。 例えば、長崎に行くと止まるコンフォートホテル(めちゃくちゃ安くて朝食付き、昼間もコーヒーと水のサービス。祭典の時はここが事務局の宿になるはず)最寄り駅「大波止」から祭典事務所へは乗り継いで5駅。一端ホテルに戻って、ブリックホールに行った時は、「大波止」から「茂里町」まで6駅、しかも停留所からブリックホールは目の前。アリーナかぶとがにはさらに3駅行ったところ、市民会館も市電で行ける。

 

 長崎チャンポン

  長崎チャンポンはやっぱり長崎で。でも、長崎のメンバーお奨めの店はやっぱりなかでもおいしい。コンフォートホテルの道路を渡った向かい(県庁前バス停わき)のチャンポンもおいしい。被団協、平和公園近くの「山東省」だったかな、宮崎実さんお奨めのお店のチャンポンは安くておいしかった。

 

  銅座・思案橋

  まあ、呑むならここでしょうか。なぜか、遅くまでやっています。

  コンフォーからも近い、タクシーワンメーター、くらい。

 

 出島

20100917橋20100917門  コンフォートから歩いて5分にある出島。入館料500円也、ですが、朝8時から開いていて、なかなか見応えあります。入り口に江戸時代の衣装で門番。カメラを向けるとポーズをとってくれ、中に入ると武士姿のおじさん(お兄さん)は、立ち止まってカメラに収まってくれる。そして、黄色い「長崎さるく」のTシャツを着たおじさんがくわしいガイド(一定時間おきに)無料です!当時のオランダの風俗も、出島のことも詳しく伝えてもらう。

20100917長崎さるくガイド  おみやげのお店もあり、それらをゆっくり見てすこし休みたいときは、すてきな喫茶店風の休憩所がある。持ち込み可で、ここでゆっくり水など飲みながら休憩(お弁当を広げている人も)。ここでは出島の映像も流しています。

  たっぷり出島を楽しんで休んで、入り口の反対方向に出ると、中華街。となんと地理的にも良し。

  祭典中は時間がないかもしれないけれど、朝8時からだから、ぜひお奨め。閉館は18です。

 

   グラバー邸

  この他、グラバー邸の散策も。ここには昨年行ったけれど、中の展示も楽しいし、三浦環の像からの長めが良し。中の喫茶店はやや高いがロケーション、コーヒーの味はばっちりでした 

 

 

黄金色の越後平野~新潟の合唱発表会の1日

2010年9月6日 月曜日

 昨日、9月5日は、北は宮城から南は鹿児島まで各所で県合唱発表会や国鉄、電通のうたごえ祭典が行われ、今年一番の日本中うたごえフル回転の日だった。

 今朝、メールを開くと、茨城の講評委員をつとめた千葉の塙さんからの、同じく講評委員の新婦人の人に「うた新、講読してもらうことになりました!」の連絡に、私、すみませーん! 昨日、新潟の合唱発表会に不肖私も講評委員に加わり、講評委員の先生方とメールアドレス交換しながら親しく、うたごえ祭典のことなど、うたごえ新聞を開いてお話ししたのに、あと一歩、行けませんでした。

 

 

20100906畑 そうです昨日は、6時起床で新潟へ。新潟駅で迎えてもらった合唱団「樹」の広川茂さんの車でそこから約1時間の五泉市の会場へ。朝はきつかったけれど、行き帰り、まさに黄金色の越後平野の景色を堪能。来週あたりは刈り入れとのこと。ここでも今年の猛暑は早く実りすぎてしまうという、稲の生育にも影響が出でいるとのこと。

 車中、広川さんと5月のNPT・NYうたごえ代表団に新潟から大口知子さん(うたごえサークルたけのこ)を派遣したことは、新潟のうたごえにとっても活況という話も。大口さんの活動報告が合唱発表会会場にも写真展示として紹介されていた。その話から、広川さんのお孫さん3人(小6、4、2)がこの夏、原水禁世界大会参加。「帰ると自分からすすんで『はだしのゲン』なんか真剣に読んますから、体験って大事ですね」というお話しも聞きながら会場へ。

 

20100906 新潟合唱発表会  合唱発表会も県の活気を伝えていた。41人の合唱から4人のアンサンブルまで10団体。普段の練習、何を伝えるか、作品の解釈、6分30秒で、伝わってくるものですねぇ。本当に。41人は“合唱団ピース9”、新潟音楽九条の会音楽会に向けて作られたが、構成力も力感もあった。「練習を重ねている成果」とメンバー。

 今回の講評委員は私の他、初めてうたごえの発表を聴くという新潟の音楽家二人。三人の評も一致し、推薦団体はすぐに決まり、あとは各団体への要望などいろいろお話し、両先生ともお近づきになった。日本のうたごえ祭典って、今年は長崎で…という話に。両先生はとても熱心に聞き、うたごえ新聞も読みながら、特に池辺先生の「空を見てますか」には注目されていた(のにのに、です)。

 

20100906 上野正人 そして、修了後、この機会に、と上越の合唱団雪ん子の指導をされている声楽家の上野正人先生にショートインタビューも。やさしく静かな口調で、いい音楽づくりと感動を、と話される先生。そのお話、姿勢に、雪ん子の丸山節子さんが言われる「先生との出会いをうれしく」私も思った。

 夜10時帰宅、めいっぱいの新潟の1日だったが、うれしい出会いの一日。(合唱発表会等詳しくはうたごえ新聞紙面で)。

医学技術の進歩に感謝~胃の内視鏡検査、軽くクリア

2010年9月3日 金曜日

 きょうは朝から、6月の健康診断でひっかかった内科と婦人科の再検査を受けた。内科は胃のポリーブで、これはここ何年も毎回引っかかっているけれど、あの内視鏡がとても苦痛。「ちょっと太いうどんを飲み込む感じて」なんていう説明書は大嘘。あんなものが口から食道を通って、考えただけでも私には受け容れがたい。とはいうものの癌だったら怖い、と何回かは涙ながら受けた。が、昨年は○○が終わったら、○○が一段落したら、ととうとう受けずに一年が過ぎてしまった。

 でも今年はやっぱり…と観念して受けることにした。でも今回は麻酔を使って眠っている間にできる方法があると聞いていたのでそれを希望した。病院では、「麻酔は体にダメージもあるからあまり進めたくない」「お金もかかる…」、云々といわれたが、そんなことかまっていられない。

 結果、プラス2000円也で、麻酔のため前後時間はかかるが、本当に眠っている間だった。もしかしたらその眠っている間にいびきさえかいていたかもしれない。「終わりましたよ」と看護師さんから声をかけられた時に、目が冷めたし、そのあと少しこのまま眠っていてくださいと言われて、時間が来て起こされる頃にはも眠気はすっきりなくなっていた。

 「胃壁がとても荒れているが、薬で治せるでしょう」「癌とか…」「その心配はありません」と言う若い医師の顔の後ろには、後光さえさしているように見えた。「念のため、細胞を調べて…」と内科でも婦人科でも言われて、また緊張したが、婦人科の方は再検査をと言われてすでに2年、「大丈夫、もしその時、悪性だったらすでに死んでますよ」という婦人科師の顔も神様仏様状態で、軽い足取りで病院を出る。病院での医師、看護師のやさしいひとことも何よりの薬です。

「自殺と貧困から見えてくる日本」

2010年9月3日 金曜日

20100903シンポジウム01 昨夜、うた新社の近く、新宿区大久保の淀橋教会で「自殺と貧困から見えてくる日本」出版記念イベントのシンポジウムがあり、取材に行った。年間3万人の自殺者を出す日本、この問題は大きな社会問題だ。数年前、反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠さんに取材して依頼、氏が流す関連イベント情報がうた新社のメールにも届く。

 出版された「自殺と貧困から見えてくる日本」は3月10日に行われた、湯浅さん、精神科医の香山リカさん、宇都宮健児反貧困ネットワーク代表をはじめ、鳩山由紀夫当時首相、長妻昭厚生労働大臣、福島瑞穂当時内閣府自殺対策特命担当大臣ら政府、民間人らによるシンポジウムをまとめたもので、当夜は、本の普及と、あらためてこの問題を考えていこうというとシンポジウムが行われた。

20100903シンポジウム02  パネリストは、湯浅、香山氏の他、元NHKのプロデューサーで現在NPO法人自殺対策支援センターライフリング代表の清水康之氏。ともに、自殺を引き起こす社会背景を考えよう、そして競争社会のしくみ、排除の空気を変えていこうと語った。それはだれもが人間らしく生き通せる社会をめざすことで、それがいかに精神的に経済的に有効なことかを語った。

 うたごえ新聞にでもその中を紹介しようと思うが、コウモリの鳩山、民主党政権も…、と批判したくなるのが偽らざる心境だが、そういう人たちとも一緒に考えていくことが大事だと思ったシンポジウムだった。さらに、会場はキリスト教教会でこの教会の牧師も「ともに考えていこう、そのためにこの会場が使われることはうれしい」と語り、シンポジウムのコーディネーターは仏教の僧侶というのもいい。

 30年来、私は淀橋教会の前を通っているが、中に入ったのは初めて。いろいろな催しも行われている教会とは知っていたが、中も写真のように中も立派。まだまだ猛暑の夜に会場には250人がつめかけた。

長崎から“元気”伝わってきます

2010年9月1日 水曜日
祭典チラシを配る長崎の岳童太鼓の子どもたち

祭典チラシを配る長崎の岳童太鼓の子どもたち

 長崎市の繁華街で子どもたちの太鼓と祭典大宣伝行動! うた新読者拡大目標達成! どんどんと届いてきます。今年の日本のうたごえ祭典まで50日を切った長崎。写真からも伝わる宣伝行動のパワー、祭典チラシを配る岳童太鼓の子どもたちの写真にジーン。うた新部長の宮崎実さんのいい顔! 昨日入稿した9/13号です。

  きょうはもう9月。本当に早く時間が流れていく気がする。そしてうたごえ新聞の締め切りは2週間先の日付けを追うため、“今”を伝えるつもりが、あっという間に、日付けからすると「だいぶ前の話」になってしまう。ここが苦しいところ。

  今、各地・職場でのうたごえ祭典、合唱発表会が目白押し。これも“すぐ”載せないとどんどん「だいぶ前」になってしまう、通信が早く来た所勝ち!ですよ。