2009年12月 のアーカイブ

新年号を発送しました。

2009年12月25日 金曜日

2010年新年号、発送。

20100104 1面新年号は田上富久長崎市長へのインタビューをトップに、“2010年日本のうたごえ祭典in長崎”、その前の5月、ニューヨークでのNPT再検討会議成功、原水爆禁止世界大会成功と連動させて、“長崎を最後の被爆地に”ととりくむうたごえ被爆65年年始を飾った。
田上市長の、平和への想い、長崎のまちを愛するアクティブな行動を熱く、そしてものごし柔らかに語る市長の人柄はについてはこの前、書いたが、市長の「市民は仲間」、を校正しながらもかみしめる。

 長崎特集は、見開き6、7面と12面。
千々岩祭典実行祭典委員長の、うたごえ祭典への期待、「『長崎に来て、歌ったバイ、良かったバイ』と思っていただける祭典に」と長崎弁が温かい。
長崎弁といえば、長崎取材中、まちのあちこちで見た“長崎さるく”“さるくコースマップ”。
「さるく」とは、「長崎では“さるこうや”とか言うんですよ、散歩、ゆっくり歩くという意味です」と聞いた。
「さるくガイド」で長崎のまちをアピール、は田上市長が市職員時代から提案されていた一つという。

20091204星野恵利さん7面にすてきなプリマドンナ、ソプラノの星野恵利さん。
グラバー園で取材した。
音楽づくりへの情熱が語られる中で、「どけんすっと?」「よかばい、ねぇ」と朗らかに語られる人。
星野さんとうたごえ07年九州のうたごえ祭典in長崎で「第九」ソリスト共演だが、なんとそのずっと昔、長崎での合唱構成「ぞうれっしゃがやってきた」公演では“象使いの娘”のソロも。「あの時は、自分でダンスも考えてつけたんですよ。その後も、うたごえの演奏会でご一緒してます」。
今年の原水爆禁止世界大会でも独唱されている。
 星野さんには、歓迎音楽会、大音楽会での演奏の他、九州、長崎のうたごえ祭典等でもその講評が大好評の合唱発表会・審査委員もお願いしている。
歓迎音楽会では20分だがオペラ「蝶々夫人」を堪能できる演出を考案中とのこと、楽しみだ。

20091204田中實運営委員長また、星野さんには、3月13、14日に長崎・伊王島で行うで行う“2010年日本のうたごえ祭典in長崎”プレ企画、“創刊55周年うた新まつり”でもゲスト演奏していただく。 
取材中、星野さんのお父さんは学徒動員中に被爆されたことに話題が行くと、その頃、田中實祭典運営委員長は、海軍兵学校の生徒で出撃を待っていた。
「もう飛ぶ飛行機がないから穴掘りやってました。同期には間宮芳生、三木稔・・・」と、なんと大作曲家と机を並べていたなどなど。
田中實実行委員長からは興味深い話が続々、いずれ是非紹介させてもらいたい。

 

20091219高校生平和署名12面は、2010年新企画「被爆65年 平和の種蒔く」で長崎の高校生たちの平和の活動-高校生平和大使、高校生一万人署名活動-をその1を紹介。
取材の時、広島の中学生から生まれ、世界に広がっている「ねがい」につづいて、長崎の高校生が発信する平和の歌を、と祭典実行委員会の意向でも歌づくりを提案すると「ちょうど新しい私たちの活動の歌がほしかった。とりくんでみたい」とうれしい受け止め。
今、彼らは作詞の最中と連絡が来た。
心躍らせて待っている。

この他、新年号は全国への年賀状でもある。

20080210木村さんwith似顔絵26面の「うたごえ2010年 カレンダー」は、うた新紙上ではよく知られた“さっちゃん”のイラストで1年を俯瞰。
全国の常任委員らが一言、そのメンバーの顔をさっちゃんがイラストに。
山形の木村さん、大阪の武さん、千葉の塙さんなどはもうまったくまったくすばり!
さっちゃんの才能に感動! 

 

 

5面は、その塙さんのNPT再検討会議に提出する核兵器廃絶への署名集めのドラマ。
「スーパーウーマン」と言ってしまっては学べない、まさに行動が感動を生みだしてゆく”ときめき”伝わる。

3面は、NPT・NYにも参加する若い力、東京の田中俊さん。
前号8面の和賀さん同様、行動することからまなんでいく、吸収力は運動の未来でもある。

そして、5面には、これぞビッグ、全日本合唱連盟浅井敬壹理事長と作曲家池辺晋一郎氏、うたごえ全国協議会高橋正志会長の新春鼎談。
新聞ではほんのさわり。
100901teidan
全文掲載、来年2月発行の季刊「日本のうたごえ」№147をぜひ読んでほしい。

季刊と言えば、ある音楽家の読者から「№145では平和活動家が音楽を語り、146では哲学者が音楽を語っている。直球でやってほしい」と感想をいただいた。感想が来るのはとてもうれしい。
まず、その方に頼んでみようかな。

200912大阪音楽センター

 

この他、カラーだったら…と西恒人さんが言う、大阪音楽センター会館新装、合唱団誕生の大阪のニュース等々、新年号はうまくいったかな、と自分を励まして、さあ、2010年に突入。

今年1年を振り返って

2009年12月23日 水曜日

  パソコンに向かいすぎたのか、昨夕、突然右手が痛みだし、指先でキーは打てるものの、手を動かすたびに激痛、会館内に救急箱の湿布薬を探して回る。
教育局(という部署がこの会館にはあるのです。ピアノやヴァイオリン、笛などなどのレッスン他を行う)の山田千賀子さん(合唱団北星の団長さんでもある)に、湿布薬を張ってもらうと、「手の甲が腫れてるよ」。
そう言われるとまた痛くなってくる感じ。その後も、「痛てて、痛て」と言いながら、新年号の最終原稿をつくる。
一晩の湿布が効いたか、今は痛みはとれた感じ。

 まもなく、あかつき印刷での主張校正へ。今回は12ページなので明日も2日間。

 新年号のことは次回に書くとして、まずは今年2009年の新聞を振り返る。

  そうだ! 
今年の新年号は、
20081128鞍馬寺 (1)20081128鞍馬寺

この10月、「音楽会としても充実した」と好評の“日本のうたごえ祭典・京都”成功へと、よびかけ人にもなっていただいた鞍馬寺貫主信樂香仁さんへのインタビューから始まった。
「信楽」ではなく「信樂」…、字に留意したことも思い出す。
それよりもなによりも、山の中の庫裡で、「みんな、いのちをいただいて生きているのです。ここにいると一層、いのちのありがたさを感じますねぇ」。
静かに語られる香仁さんのことばと響きを思い出す。
同時に、同行の京都の山本忠生さんらが行った憲法九条のつどいに出て、私も、と詩を書かれるなど、84歳、豊かな感受性とアクティブな姿勢に感動した。 

年越し派遣村の取材もあった。
20090103年越し派遣村01不況を理由にした派遣労働者の首切り、労働者への合理化攻撃に、あちこちで反撃が起こった年越しでもあった。
「いすゞ自動車、組合で闘う」の報に力を得て、それを支えるJMIUの本部を訪ね、書記長の三木陵一さんに取材した。 
氏曰く「いすゞも、解雇は留めたが有期雇用で期限を区切っている。その時どうするか。不況を理由にした経営者の攻撃は今後ますます強まるだろう。法に照らして違法だと闘うことはできるが、労働者一人ひとりの闘う姿勢が求められる。同時にそれを自分の問題として支える世論の力が大きな分岐点となる」。 
このことばに、うたごえ新聞は何を伝えるべきかを教えられた気がした。
以後、それに基づいて、職場からの動きを追ってきたと思う。 

今年の年明けは同時に、パレスチナ紛争がより激化していた。
20090109パレスチナ関係このことはどう伝えるべきか、と思っていた時、以前、うたごえ新聞に登場していただいたパレスチナ支援で、むこうの学校で教えたこともある糟谷幸美さんを思い出した。
彼女なら何か近況を、と連絡してみると、なんと、ずっとパレスチナを撮り続けている友人のカメラマン土居みずえさんが帰国していて、明日会うことになっているから一緒に、と。
なんとなんと、遠いパレスチナの現状を、すぐ近くの渋谷で聞くことができた。 
パレスチナとは四半世紀の関わりになるという土居さん。
お話も、人々の暮らしのなかでの闘い、歌、文化と深かった。
うたごえ新聞のつながりはとてもとても大事。
これはやはり財産と言える。
ちなみに、糟谷さんは結婚されて土井さん。
パートナーはやはりカメラマン、パレスチナのドキュメンタリー映画も作られている土井敏邦さんである。 
「戦争への想像力」という本を作った9人の若者、さまざまなジャンルから戦争を伝える実践も消化したが、若い力と想像力に清々しい力をもらった。 

うた新フォーラムに塩谷靖子さん
20090205東京うた新まつり本紙を真ん中に、新聞の中身を知る、つくる、感想を語り合う、読者を増やすもろもろ盛り込んだ“うた新フォーラム”。
東京では推進グループ“プロジェクトY(わ~い)”発で、声楽家塩谷靖子さんの演奏、私の“ときめきインタビューライブ”もセットした“うた新まつり”を開催。
それを紙面に反映した。 
当日は20分くらいの時間しかなく、もちろん事前にインタビューを行った。
生まれた時から弱視で8歳くらになるとほとんど見えなくなったという塩谷さん。
20090225塩谷靖子さんそのハンディを自然体で受け止め、50歳を前後して声楽にとりくみ、コンクールに入賞する。
家にうかがって驚いたのはベランダにいっぱいのガーデニング。
季節ごとの写真を見せながら、「きれいでしょ」。
???見えていた頃に見た色がずっと頭に残っているのだという。
幼い頃、まもなく見えなくなる娘のために花火を見せに連れて行った両親の話など、心に深く残るお話を聞いた。
そして、歌うその声は限りなく透明で芯がある。
カッチーニの「アベマリア」は私も大好きだが、塩谷さんも好きな曲の一つ。
「アベマリア」「ナイチンゲール」など素晴らしい歌声を聴かせてもらう。 

うた新フォーラム第2弾は仲築間卓蔵さん
20090603職場座談会 東京の“うた新フォーラム”第2弾は、マスコミ九条の会よびかけ人の仲築間卓蔵さん。
マスコミ人らしいシャープな世相の切り口、年末連続3年放映NHKTVドラマ「坂の上の雲」の背景。
うたごえ新聞で連載「今なぜ『君が代』?」を連載したときからの私の関心事に、それは黙っては居られない、テーマの投入でもあった。
(これは今、企画を練っているところ)

「日本のうたごえ祭典・京都」を支えた人々
20090313佐々木酒造  京都での日本のうたごえ祭典成功にむけて、京都のよびかけ人の方々にも登場してもらった。
祭典記念グッズ「美し唄」、佐々木酒造4代目の佐々木晃さん。
酒から京の文化、食文化の話に。
なんと、お兄さんは俳優の佐々木蔵之介さん。
私は似てないと思ったけど、まわりは似ていると言う。
 「三男で、まさか自分が継ぐとは。二番目の兄は俳優になるから、家は継げないと言いましたが、俳優なんてかんたんになれるものではない。すぐ戻ってくると思っていたんですが…」。
しかし、継いだからにはと、酒シェアを広げる発想にフレッシュな刺激を受ける。

 20090924安斎育郎さん

弁護士の宇都宮伸児さん
立命館大学国際平和ミュージアム名誉館長安斎育郎さん
「憲法運動を根っこで支える、うたごえに期待」(宇都宮)、
「核兵器はなくせる。その道筋と芸術」(安斎)、
どちらも解放される考え方のヒントをもらう。

 

 

20090927武義和さん (1)そして、祭典関連での出会い、「生きる」の作曲者、作曲家武義和さん
人そのものの存在を大事にする北欧の思想、個人的にはもう10年余前になるが、ノルウェー、スウェーデンで見聞した福祉の思想に感銘を受け、そんな企画もうたごえ新聞で、と思っていただけに話にどんどん引き込まれた。
とても会話が弾んだ、と思う。
が、「うた新を購読していただけませんか」とは、いくらなんでも初対面で、と思って帰った来た。
後日、掲載紙を送ると、「購読はどのように」と、思わず歓声を上げてしまったメールをもらう。 

外国からも
20090410Venezuelaエルシステマそして、今年、私のうれしい取材・出会いは、ベネズエラのシモン・ポリーバル・ユース・オーケストラに関する取材ができたこと。
一昨年暮れ、池辺晋一郎先生から、この中米の国のオーケストラ、音楽で貧困をなくしている活動、その四半世紀の歴史の中から、世界トップクラスの指揮者ダスターボ・ドゥダメルのことを聞いた。
それを機に調べると、なんとそのスケールは人々の暮らしに深く広く根ざして、そして音楽の水準は高い。
CDを聴く。
うむうむ。 
そんな昨年暮れ、そのオーケストラと指揮者の来日公演! 絶対に逃さない、と聴きに行った。
20090410エルシステマ東京2公演、私が聴いた東京国際フォーラム、ホールAは満席。
若さあふれる凜とした響きに、最後は腰がふあっ、スタンディング・オベーションはごく自然だった。
まさに嵐のような拍手、アンコールを促す拍手に、会場の灯りが「バン」という音と共に消える。
こういう終わり方か、と思っていると、パッと灯りが、オーケストラメンバー、指揮者も全員、ベネズエラの国旗をデザインしたジャンパーに替えて、ベネズエラの曲。
心憎い。  このオケとオケ運動をいつか取材したい。
ベネズエラって、と地図をみていると、ある新聞から「貧困を救う ベネズエラ “エル・システマ”」という本の書評を書いて欲しいと依頼された。
えっ、私が読みたい、その本! という感じでむさぼり読む。

山田真一さん
これは一人ではもったいない、この本を紹介したい、と著者の山田真一さんをインタビュー。
知れば知るほど…。そして、この日本からは地球の裏側のの国の音楽発展に、なんと日本人がかかわっていた。…。
  いつか行ってみたい、ベネズエラ! 
「うたごえ新聞に外の風を、外にうたごえの風を」がうたごえ新聞編集のモットー。
ここまでは外の風ばかり書いていた。
うたごえの風を、は各地の活動を。…書ききれない。

2009年の4つの新企画
今年の新年号から4本の新企画を打ち出したのだった。

一つは「09年うたごえ 拓く」。
サークル・合唱団のさまざまな分野からの切り開いている実践紹介。

二つ目は「私とこの歌」、曲にまつわる思い出をみなさんから書いてもらおうという企画。

三つ目は「愛唱歌世界めぐり」。
20081009山之内重美さんよく歌われている歌の背景、ルーツを詳しく紹介。
最初は愛唱歌が多いロシアから、と歌手・俳優・ロシア文化研究者の山之内重美さんにお願いした。
これは大好評で、ロシア編まだまだつづきます。

 

四つ目は「だんだん ファイト 団塊世代の応援歌」。
担当は、「愛唱歌世界めぐり…」の出会いをつくってくれた、そしてこのブログをアップしていただいているエーちゃんこと斉藤一正さん(東京・みなと合唱団)。

1と4はちょっとガソリン切れ…。
エーちゃん、ファイト!

09年紙面は、林学さん、新江義雄(山ノ木竹志)、門倉さとしさんらの訃報、追悼の特集も。氏らの作品はこれからも紙面を通じても人々を励ますでしょう。

お便りありがとうございます

2009年12月15日 火曜日

 年末号本日作成。

 今年も全国からたくさんの通信をいただいた。
「いただいた通信は載せる」方針ですが、限られたスペース、同じ方からの通信は泣いてもらうこともあり、申し訳ない。
今年も、精力的に送っていただいた鹿児島の村永チトセさん。
村永さんの通信は毎回、活動の中で生まれる出会いと感動が詰まっていて、写真もすてきです。

20091211日本平和大会年末号1、3面は2009年日本平和大会in神奈川の取材から。
去る11日にこの大会の開会総会を取材。
普天間基地「移設」問題が国会でも論議されているが、「移設」という発想から脱して無くす、へ。
沖縄だけではなく、日本中のどこにも、世界のどこにも米軍基地を置いてはいけない、あらためて思う。
1987年、沖縄取材の時、初めて嘉数の高台から米軍普天間基地を見た。
文字通り市内を分担している滑走路、その周辺に建つ学校、住宅群に、この地からこそ“安保が見える”と思った。
その時お話を聞いた反戦地主島袋善裕氏は、「ここから南に○○ちゃん事件、北に○○ちゃん、西は、東は…」と米軍による暴行事件の犠牲者のことを語った。
このことがずっと、私の“米軍基地”を見る視座になっている。

池辺先生のTV出演 お見逃しなく

2009年12月13日 日曜日

今日は、季刊「日本のうたごえ」で随時、「音楽の樹から」で登場していただいている栗友会の栗山文昭先生の指揮はじめ、栗友会男声合唱団らによる“はちもんめコンサート”を聴く。
“もんめシリーズ”については季刊№144参照。
 いやはや、最初のTokyo male choir KuuKai 30人の演奏から男声の響きに吸い込まれる。
最後は100人。
男声組曲「雨」、いつまでも心に最後のピアニシモが響く最終曲「雨」。
そしてこの日、一番印象に残ったのは信長貴富作曲「Fragment~特攻隊戦死者の手記による~」。
切々と歌うその響きの中に、むごさと無念が、情念のように立ちのぼってくる。
信長さんの構成力、テキストの選び方ぜひ聞いてみたいと思った。

そして夕、池辺先生から原稿のこととあわせてメール。
これはここからもお伝えしなければ。以下、先生のメールです。

18日(金)16:50~18:00NHkTV「ゆうどきネットワーク」に出てしゃべります。ふるさとを訪ねる話で、きょう水戸へ行き、撮影してきました。
翌19日16~17時のBSⅡでは、先日横浜でやった僕の企画コンサートを放送します。
これもしゃべっています。

以上お知らせまで。  w)みなさんインプットを。

もうすぐ新年号

2009年12月11日 金曜日

先週は4、5日と新年号の取材で長崎へ。
20091204田上市長なんと、田上長崎市長にインタビューできた。
「私は長崎市民の仲間の代表として市長をさせてもらっていると思っています」ということばはそのままの市長の実践。
たとえば月1の市民と長崎ちゃんぽんを食べながら語り合う”ちゃんぽんミーティング”をはじめ、市の観光課職員出身のユニークな実践の話、核兵器廃絶へのとりくみなど。氏いわく「私はますます長崎ファン」のことばそのまま。私を”田上ファン”にさせてしまう。
写真左から
・松下進さん(日本のうたごえ祭典in長崎 副運営委員長)
・田中実さん(同 運営委員長)
・田上市長
・わたし
・田中和史さん(同 事務局長)
・高橋正志さん(日本のうたごえ全国協議会会長)

20091205高校生大使

 

高校生平和大使のはきはき・しっかりの面々。
歌っているのは、彼らが一万人署名を目指すオリジナル曲です。

 

 
20091204星野恵利終始笑いが絶えなかった日本のうたごえ祭典in長崎のゲスト声楽家ソプラノの星野恵利さんのお話等々(星野さんは3月のうた新まつりでも演奏して下さることになった)。

 

 

乞うご期待。

12/21号本日発送

2009年12月11日 金曜日

新聞を編集する頭の中はもう年末を越えて、新年号、その次…に。
その合間をぬうように、今年は…、と振り返りつつ。

今号、日本トムソンの闘いを1面に持ってきたが、思えば厚生労働省をにらむ日比谷公園で急遽設けられた“年越し派遣村”の取材で08から09へと年を越えたのだった。 ”村”開設の日、公園内に次々に張られるビニールシート、テント、そこに届くトラックに積まれた食料、マスク、手袋…に目を見張った。
200812年越し派遣村200812年越し派遣村02200812年越し派遣村03
ここでどんな歌を歌うことが励ましになるのか…、と歌で支援にかけつけたうたごえメンバーは戸惑ったと言うが、♪ほうりだされてなるもんか…(『闘うわれら』)、まさにこの歌だ、と思った。
しかし、”村”に来た人たちはみんな、うつむき加減に「会社は許せないが、こういう事態になったのは自分せいでもある」と語った。
が、自分のせいではないことを、数日間の”村”は伝えた。

  日本トムソン支部の9人のメンバー。今後も彼らの闘いを伝えて応援したい。
20090416トムソン抗議01  20090416トムソン抗議02
2009年4月16日の日本トムソン前抗議行動(左)、とリーダーの藪下さん(右)

そして、この号、山ノ木竹志(新江義雄)さんの追悼。池辺、高田、大塚3氏の寄稿を紹介したが、あらためて高田の文中、山の木さんが書いた「グレートジャーニー 心/叫び/歌」3部作のくだりにうなった。

 「(『グレート・ジャーニー 心/叫び/歌』が出来上がる起点となった『アメイジング・グレイス』)に当時、あなたが綴ったその解説文。 「ジェシー・ノーマンが歌う『アメージング・グレイス』を聴くうちに太古の叫び声が聞こえてきた。生きとし生けるもの皆すべて海から発し、人はみな羊水の海から産声をあげてきた。原詩に人類の歩みを重ねながら、思い切って意訳をした。3番の♪我ら共に立つ、の背景には日本国憲法第9条戦争の放棄、1949年の平和擁護広島大会における『原子爆弾の廃棄』宣言(峠三吉起草)および1985年の『ヒロシマ・ナガサキからのアピール』(人類と核兵器は共存できません)の思想と実践がある」。

訃報

2009年12月2日 水曜日

夕刻、詩人の門倉さとしさんの訃報が届く。
「青春」「桑ばたけ」「たんぽぽ」などの愛唱歌をはじめ、組曲の作詞も多い。
うたごえ新聞の投稿詩「なかまの詩」の選者、創作講習会講師など、うたごえ運動とのおつき気合は深く、お力を貸していただいた。
東京・足立のうたごえ、足立ピースフラワー合唱団団長横川昭さんは門倉さんと昵懇で、つい先日も「だいぶ具合が悪い」とは聞いていたが…。

5月に林学さん、10月に新江義雄(山ノ木竹志)さんが亡くなった。
12/7号で第2弾の林さん特集をしたばっかり。
そして次の12/21号は、来年1月31日に広島で開かれる〈山ノ木竹志をうたうコンサート「今、歌わずにはいられない」〉に向けて、氏の追悼特集を予定している。

演奏会が目白押し・・・

2009年12月2日 水曜日

  12/14号、明日校正。
明後日からは新年号の準備、田上長崎市長へのインタビューはじめ長崎取材に出かけるため、本日は、最新号案内と近況を。

  先週、28日は埼玉合唱団演奏会、29日は14日号1面に掲載した“ぞう列車が走って60年記念音楽会”に名古屋に行ってきた。両演奏会とも1300人、1400人の会場満席を満席にしての盛況。

 埼玉合唱団は1合唱団の演奏会だからさらにすごい。団員60人、聴き応え充分。ここまで来ると、この人数と力量を余すところなく届ける、ダイナミックな重奏の曲も聴きたい、とまた欲が出てくる。

IMG_7146 29日の“ぞう列車記念音楽会”、第3部の合唱構成「ぞうれっしゃがやってきた」は全国からも参加の300人の合唱と40人の吹奏楽で、平和といのちのメッセージを伝える迫力満点。

“ぞう列車”の実話は、戦後民主教育の輝きを伝えるが、合唱構成ができたことで歌を通してさらに伝えられ、絵本原作者の小出隆司さんが言われるように、まさに現代の民話だと実感。 合唱構成ができて23年、この間に歌った子どもたちのなかから、声楽家として活躍している人が3人(写真下)の演奏もプログラムされるなど、また、感動のドラマを積んだ音楽会だった。  一時、「ぞうれっしゃ」を追跡取材したことがある。実話と音楽が持つ魅力、そして私は“ぞう列車”が本当に、戦後の民主教育が咲かせた花だと思った。平和といのちの尊さが歌われていることはもちろんだが、子ども議会という子どもの自治を育てた教育実践と、教師と一緒に実現へと奮闘した国鉄労働者、自治体労働者ら。そしてそれはレッドパージ、朝鮮戦争の前夜だった。そう見ていくとまさに“ぞう列車”は戦後民主教育の輝き、花だったと思う。

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