日本のうたごえ全国協議会会長 田中嘉治
2023年、「うたごえ運動」は創立75周年の節目の年を迎えます。
日本は敗戦の焼け野原の中から再出発しました。戦後の世界は再び戦争を起こさないことを望み、日本も深い反省の上に立って、新しい日本国憲法を誕生させました。
憲法が施行された翌年(1948年)、「うたごえ」は産声をあげ、歌をうたう喜びを全国に伝え、国民が主人公の社会を実現しようと、50年代初めには燎原の火のように全国に広がっていきました。以後「うたごえ」は幾星霜の時をかけ、「うたごえは平和の力」を合言葉に、運動に携わった無数の人々によって今日75周年を迎えるまで浮き沈みはありましたが発展してまいりました。
とりわけ、運動の創始者である声楽家・関鑑子、協力者として運動に深く関わったチェリスト・井上頼豊両氏の指導をはじめ、うたごえに心を寄せていただいた多くの専門家からの作品や提言なしに、今日の成長と発展を語ることはできません。
このたび、日本のうたごえ75周年記念事業として日本を代表する6人の音楽家、池辺晋一郎、井上鑑、木下牧子、寺嶋陸也、新実徳英、信長貴富の各氏による委嘱オムニバス作品集『スタートライン』を出版する運びとなりました。
構想から足掛け5年をかけた夢のプランが叶ったことは、うたごえのみならず日本の音楽界の歴史にとっても貴重な一頁を刻む“新たな財産”となるものであり、ご多忙な中、作品を寄せていただいた先生方への感動と感謝の気持ちは、とても言葉では言い尽くせません。
私たちがうたごえを「運動」と呼ぶからには、運んでいくべき「方向」と、動いていくことができる「原動力」、そして「運ぶものは何か」を言い表すことが肝要です。方向とは、情勢を切り開いて行く道筋(理念・方針)であり、原動力とは、人々の願いや要求を引き出して歌う担い手たち、運ぶものは、人々を励まし勇気づける「(創作)作品」と言えるでしょう。
これら三拍子が揃ったときに「運動」は多くの人たちの心に感動と連帯の絆を芽生えさせ社会を変える力となり得るのです。6人の先生方の「作品」には、不条理なる時代への静かなる抗いがにじみ出ており、運動への大きな励ましが込められていると勝手ながら深く感じ入る次第です。
本作品集の上梓を目前にした折も折、ロシアのウクライナへの軍事侵攻が始まり、世界を驚愕させました。
「たとえ空が雲におおわれていても、太陽はその陰でいつも輝いている」(ロングフェロー)
21世紀から時代を逆行させるような暗雲が漂う今こそ、いのちと平和の陽の光が人々の頭上に燦々とふりそそぐことを祈らずにはいられません。
ここに収録された珠玉の6曲は、その輝きをさらに強く放つ作品であり光となるものです。
本作品集が音楽と平和を心から愛する人々に広く愛唱されるとともに、うたごえの新たな峰を築く懸け橋となり、世界中のすべての人が平和と自由を謳歌できる希望の「スタートライン」となることを心から願うものです。